第6話 「助けになるよ」

 もどかしい気持ちで最上階行きのエレベーターに乗り込み、ドアが開くと同時に飛び出す。お行儀がよろしくないけど、今回ばかりは許して欲しい。


 屋上の上に広がる空は、一面の薄暗い灰色だった。ビアガーデンは閉鎖中で立ち入りはできないが、レンガの塀とプランターで仕切られた先、ダークブラウンのシックなテーブルが等間隔に並んでいるのは見ることができた。


 冷たい冬の風が頬を叩く中、わたしはメロンパンとの再会を果たした。向こうがわたしを認知しているとは思ってないし、便宜上放送で「お知り合いの方」と紹介されたけど、それだって本来なら誤りだ。だから「再会」とは呼べないかもしれない。


 メロンパンは発見者である屋上の清掃スタッフさんが保護してくれていた。

 屋上でメロンパンを見たのは初めてだったとのことだった。人気ない場所を探してここにいたのかもしれないとも。


 お引き渡ししておきます、と言われてわたしがメロンパンをスタッフさんから両手に受け取る。

 メロンパンはこの前見かけたときより、一回り小さく思えた。体はしわっとした感触で、黄緑色がくすんでいる。

 そして妙に生温かい熱と、メロンを発酵させたような不思議なにおい。


 その姿に、わたしは無性に悲しくなって脚がカクカクと震えた。


「風邪引いちゃったんだね、このメロンパンさん」

 くるみがぽつりと、呟くように言った。彼女の方は、顔から血の気が引いている。


 とりあえず、スタッフさんにお礼を伝えて屋上を離れることにした。白髪のおじいさんスタッフは「お大事にな」とメロンパンに優しく話しかけ、エレベーターのドアが閉まるまでわたしたちを見送ってくれた。


「わたしたちで引き取って、良かったのかな……」


 インフォメーションセンターでもお礼を言って、わたしとくるみはデパートを後にした。最初の予定ではただ会って終わりだったので、こうしてメロンパンが手のひらにいるのが奇妙に感じる。


「その子、様子はどう?」

 くるみに聞かれ、メロンパンに顔を近づけた。


「寝てる……みたい。寝息の音がする」

「……そっか。どうしようか、ほっとくわけにもいかないし」

「そうだね。具合が良くなるまでは世話するようだと思う」

「美羽ちゃんの家、パン連れて帰って、大丈夫そう?」


 問われてわたしはどうかなと首をひねる。母さんは充分野生パンに馴染みがあるし、性格からして父さんもすぐメロンパンをすぐに追い出すとは考えにくい。


「一時的にだったら、どうにか。親にお願いはしなきゃだけど……」


 当たり前だが、野生パンを連れ帰れば報告が必要だろう。やましい理由もないのだし。


「わたし、音のこととかでいつも周りに守られてばかりだから。弱っちいわたしに今は弱ってるこの子の世話できるのかはわかんない。それでも……、いいのかな」


 話すうちに、声が小刻みに震える。


「……美羽ちゃん…………」


 空からぽたりと水滴が落ちてきた。

 雨が降ってきたのだ。このままではメロンパンが濡れてしまう。

 するとくるみが折りたたみ傘を広げ、メロンパンが雨に当たらないよう傾けた。

 その横顔からは、まっすぐで真剣な感情がにじみ出ていた。


「確かに美羽ちゃんは、わたしや他の子たちに比べれば毎日大変だと思う。だけどさ、聴覚過敏の人だって生きやすくなっていくと信じてるよ」


 根拠はないとしても、くるみはこうしてわたしを元気づけようとしてくれる。


「突然現れて大騒ぎ起こした野生のパンが、こうやって人と共存し始めたみたいにね。きっと今は必要だから守られてるんだと思うし、少なくともわたしは美羽ちゃんの力になれるのは嬉しい」


 大きくなっていく雨音に負けないように、くるみは話す。


「わたしの好きでしてることだから、美羽ちゃんはメイワクかけてるなんて考えなくていいよ」


 まっすぐに、くるみの友人としての言の葉がわたしに響く。


「美羽ちゃんがメロンパンさんの助けになるなら、もっと浜松くるみは谷崎美羽の助けをするよ。まかせて」



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