第5話 迷子放送⁉

 その週末、土曜日の朝。開店前のデパート前で、わたしはくるみと待ち合わせることになっていた。

 メロンパンに再び会うということで、待ち合わせ場所でわたしの心は微細に震えている。


 服装は若草色のワンピースの上にクリーム色のケープコート。いかにもメロンパンを意識した色合いの服装で来てしまったが、狙ったわけではない。


 このケープコートは休日外出する時のお気に入りだし、新しめのワンピースはせっかく友人とお出かけするのだからという理由で選んだものだ。決してメロンパンのために選んだものではないのである。決して。


 休日のまだ朝十時前とあって、人の姿もまばらだ。催しやセールがあるとそれなりに人の集まりができたりするのだが、この様子を見るに今日は特にイベントもないようだ。


 ともあれ人の喧噪がないのは、聴覚過敏持ちには助かる。デパートの正面入口脇でスマホをいじっていると、真正面から馴染みある声がした。


「おはよう美羽ちゃん、いいお天気で良かったね」


 学校で見るのとは違う印象のくるみが、学校で会うのと同じ笑顔を浮かべている。

 彼女の服装は、真っ赤なダッフルコートにファー付きのショートブーツ。コートの裾からレモンイエローのフレアスカートが揺れるのが見えた。


 頭はいつものツインテールだけど、今日は白いリボンで結ばれている。中学の制服が紺色ブレザーなのもあり、くるみのまとう赤やレモンイエローといった色彩が一層眩しく見えた。

「おはようくるみ。おしゃれしてるの、似合ってる」

 そう褒めるとくるみは、ほわほわっと微笑んだ。

「美羽ちゃんもかわいいよー。それに今日は美羽ちゃんとお初のお出かけだもの。張り切っちゃった」


 そう、わたしが中学の友達と学校以外で会うのはこれが初めてだ。

 わたしは部活も無所属だし、通信教材を利用しているから塾にも行っていない。なのでただでさえ、わたしは学校の人との接点が少ないことになる。


 くるみ以外にも仲のいい子は数人いるし、何度か遊びに誘われたこともあった。だがこちらは賑やかな場所が苦手な身。断るのも申し訳なかったし、学校で体調を崩すことを繰り返した結果、気遣いと心配からそんな話されなくなった。


 今日くるみとこうして会っているのは、とりわけ仲がよくわたしが具合の悪くなった時の対処をわかってくれる相手とサシであるため。それと行き先が普段慣れた場所であるためだ。 それに、加えて。


「いきなり会いに行って、メロンパンは怖がったりしないかな」

 本日のメインイベントが、もしかしたら風邪でも引いてるかもしれないメロンパンの様子を見に会いに行くということがわたしの心配と好奇心を刺激したのもあった。


 天気はあいにくの曇りで、予報では降水確率も高めと出ている。わたしの心は小学校以来であろう友人との外出とメロンパンで晴れ渡っていたが。


「で。どこから探そう? やっぱりジェラート屋さんに行くのが吉なんだろうけど、一日張り込むことになりそうだし」

 それも今日メロンパンが現れなかったら、無駄足になってしまう。

 女子中学生二人がショッピングするにはお高いショップ・ブランドばかりのデパートだ。わたしはいつも一人で来てるけど、せっかくのくるみとのお出かけには不向きな感じだ。


 するとくるみがぴっと人差し指を立ててこう言った。


「美羽ちゃん、ここはデパートだよ? 誰かを探すのにとってもいい方法があるよー」


 

 で、数分後。

『お客様のお呼び出しを申し上げます。野生のメロンパンさま、野生のメロンパンさま。お知り合いの方が、体調を崩されていないかとご心配されています。一階インフォメーションセンターまでお越しください。繰り返します……』


 開店直後のデパートに、一見コントのような文面の放送が至極普通に鳴り渡る。

 くるみが思いついたのは、「迷子放送」だった。実際には一般的な「お客様のお呼び出し」となっているけど。


 インフォメーションセンターをダメ元で訪ねたら、驚くべきことに野生のメロンパンのことは案内係の女性もよく知っているとのことだった。各フロアスタッフに情報提供も依頼してくれるというので、思わず発案者のくるみが「そこまでしていただけるんですかっ?」と声を上げ、わたしも驚いていると。


「ええ。そのメロンパンさまは当デパートのどこかにお住まいのようなんです。閉店後に姿を見かけたというスタッフも多数おりまして……」


 閉店後って、もう夜遅いよね。とすると少なくともここで夜を明かしているのは確かなようだ。

 くるみと目を合わせて頷き合う。たった今もメロンパンがこのデパートにいる可能性が高い、という訳だ。


 案内係さんの話は続く。

「それで、毎日のようにいらしていたお気に入りのジェラート店にここ数日姿を見せないらしいんです。店員も痛く心配していまして。ただわたくしたちも、野生のパンのお客様にどこまで踏み込んでいいのかの線引きも分かりませんし。お客様方の名前を使わせてもらうことにはなりますが、ぜひこの機会に行わせてください」


 ……どうやらメロンパンが体調を崩しているかもという予感も、残念ながら的中してしまいそうだ。


 シュールな放送が流れてから少したった頃。その情報は不意に入ってきた。

 情報を聞いて、わたしとくるみは口を合わせて「すぐに行きます」と抑えめに叫んだ。


 情報提供者は、屋上ビアガーデンの清掃スタッフ。

 夏季限定開店のため、今は閑散としているであろうビアガーデン。

 テーブルの下に、メロンパンがうずくまっていたというのだ。

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