第4話 かぞく
白い小さな深皿に、シリアルを入れてたぽたぽとミルクを注ぐ。
目覚ましのため、寒いけどあえて暖房はつけてない。
昨夜はカレーパンを家族にどう話すかで、アタマの中がぐるぐるしていた。その果て日付が変わったくらいに、カレーパンの横でぐーすか寝落ちをかましてしまったしだい。幸い課題はやっつけられたし、まあいいかと思う。
つまるところ、やはり問題は家族のこと。
結衣さんだって、やんちゃすぎるアップルパイ(うちのカレーパンの数倍手がかかりそうである)をごくごくふつーに連れている。自治体によっては、野生のパンで町おこしを行っていたりもする。
そもそも『パン』に関して言えば、野生動物と違い飼育してかまわないと、法律で明記されてすらいるのだ。
伊達に新たなクールジャパンのカタチじゃないな、と思う。
だから、俺がカレーパンを飼うことも、きっと大丈夫であろう。きっと。
でも、ならなんで胸がじんじんうずいてるんだ。俺は何が怖いんだ。
いま家族と気まずいから?
カレーパンのことを、馬鹿にされるのが嫌だから?
それとも?
カレーパンは、まだソファの上で寝息をたてている。
「…………」
俺はそっと、カレーパンに近づいた。
「また、アップルパイと遊びたいか?」
「冷凍じゃないパスタ、食べたいか?」
「結衣さんとこのマカロニグラタン、食べたいか?」
何度か小さくつぶやく。言葉はそっと、リビングの空気にとけていく。
「俺の家族にも、会ってみたいか?」
答えは、ない。
でも、もう俺はこいつを雪のなかで凍えさせたくないんだ……。
震える手で、俺は親父が買ってくれたスマホを取り出した。
親父におそるおそる「カレーパン拾った」とのメッセージを送った、次の土曜日の早朝。
俺は小鳥さえずる玄関先。封筒を背負い、いびきをかいて居眠りしているピザパンを見つけた。
「ぐぉぉぉぉぉ~ん」
ピザパンは、酔っぱらったおっさんみたいにいびきをかいている。
なんだかよくわからないが、俺はとりあえず彼(?)の身体をゆすった。
「……おーい。ここで寝てると、風邪ひくぞ」
「くぅー」
俺の肩の上から、カレーパンも声をかけた。そしてひょいっと、ピザパンの横に飛び降りた。パン仲間からのモーニングコールなら、起きてくれるかと黙って見守る。
「くー」
「ぐぉぉぉぉ~ぉん」
「くぅぅー」
「ぐぉぉぉ、ぴ~、ずぅぅぅ」
カレーパンの決死の呼びかけも虚しく、ピザパンは近所迷惑レベルのいびきをかく。パンのどっから音出てるんだ、この不協和音……。
だけど。
親父にメッセージ送信以来、地に足つかずだった俺は、むしろちょっと和んだ。
カレーパンを拾って以来、登校途中にコッペパンが列をなして横断歩道を渡ったり、夕暮れ時にデニッシュが木登りしているのを見かけては、俺は心を癒されていたのだ。
結衣さんとアップルパイも、あれからもう一回うちに来た。カレーパンはアップルパイとすっかり仲良くなって、二人で結衣さんママお手製ビーフシチューを美味しそうに食べていた。なぜかカレーパンは牛肉ばかりがっついていて、思わず「肉食だな。中身はビーフカレーか?」と内心で突っ込んだ。
で、話戻ってこのピザパン。人の玄関先でいびきかいて起きないんだけど、どうすればいいんだ……。そもそも野生パンの割には、やることが豪胆すぎる。
……いや、封筒乗っけてるよな。
もしかして、伝書パンとかか?
「くー!」
カレーパンが俺を見た。
封筒には、「瞬へ。父さんと
瞬へ
メッセージ受け取りました。父さんも優も元気です。
瞬がこの家に残ると言ってから、一人でふさぎ込んでいるのではといつも不安でした。優も「にいちゃん」と心配しています。今もアパートに兄ちゃんを連れてきてほしいと頼まれます。
でも家族の思い出の詰まった家から、瞬を引き離そうとした父さんには、優に何も言えませんでした。
だけど父さんは、瞬がカレーパンと出会ったことがとても嬉しいです。
パンたちはとても怖がりで繊細な存在です。普通にたくましく野生化しているようで、助けを求められず、この冬も悲しい結末を迎えた野生のパンが数多くいると、何度もニュースでみるほどでした。
ウチで飼いはじめたピザパンは、全然そんなことないので驚きました。いびきは酔っ払いだし、道端で居眠りしますし。なので手紙を、この子に託すことにしました――
「なんで文章は敬語なんだよ、親父」
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