第2話 おさななじみ

 カレーパンがすぴすぴ寝息を立てている間、俺は自分の夕飯を作ることにした。


「あー。カップめん切らしてたか」


 お湯をそそいで三分で胃を満たせるカップめん。間違いなく俺のマストアイテムだろう。今日は学校の課題もどっちゃり出ているので、余計に食事に手間をかけるヒマがない。


 だが安眠中のカレーパンを放置してまで、コンビニに走る気分にはなれなかった。


 不意に、インターホンが鳴った。

「はーい、今出ます」


 玄関を開けると、外ハネしたこげ茶のボブカットに、暖炉の炎みたくほっとする気風の女性。

「こんばんは、しゅんくん」


 俺が小さいころから何かと面倒をみてもらっている、現在大学二年生の結衣ゆいさんだ。気心しれた仲といえ、ぼっち暮らし男子高校生の俺が、年上のお姉さんを家に上げるのはやはり緊張するものがある。


「みゅーん」

 結衣さんの足元では、大ぶりのアップルパイが、ぴょこぴょこ元気よく飛び跳ねていた。


「結衣さん、そのアップルパイは」

「ああ、この子? 大学のカフェテリアで飛び跳ねてたの。しかもパンのコーナーでね。『パンはパンでも、これは食べられない』て、売り子のおばちゃんも学生も大騒ぎだったけどね」


 結衣さんから紹介。妙にご機嫌そうなアップルパイは、くるんと横向きに一回転した。売られる食用パンに、仲間意識でも持って入り込んだのだろうか。


「この子も、上がっていいかしら?」

「はい。俺こそ、いつも世話になってて」


 打ち解けた仲とはいえ、結衣さんと俺の関係は、そうロマンやドラマがあるようなものでもない。

 パラレルワールドとやらがほんとに存在するなら。どこかの世界じゃフツーに友人だったり、はたまた俺と同い年で高校のクラスメイトだったり、それとも付き合っていたりするの、だろう、かな……?


「瞬くん、お母様のご容態は?」


 俺の母さんは、長く近場の病院に入院している。

昔から入退院を繰り返しており、ご近所として付き合いの深いこと、本人のフレンドリーさや面倒見の良さもあり、結衣さんとの交流があるわけだ。


 結衣さんの親御さんがウチに来てくれることもあるが、結衣さんの妹が今年高校受験で当然親は多忙だし、俺一人で家のある程度はなんとかなってる。

 なので歳の近い結衣さんが、こうして不定期に訪ねてきてくれているのが、現状。


「ああ、親父と弟が見舞いしてくれてることもあって、最近は落ち着いてるみたいです」

「そう。早くご家族がそろうといいわね」

「そうです、ね……」


 結衣さんは、俺が母さんの見舞いに行ってないことに触れなかった。

 うちの親は、夫婦仲がえらくいい。春に中学生になる弟と、両親との親子仲も良好だ。単なる外ヅラとか、表面的なものではなく。


 だけど、俺は――。


「みゅーん」

「あ、アップルちゃん! どこいくの!」


 

 アップルパイが、突然家の奥に猛突進していった。

 リビングの方角だ。


 って、リビングは確か。


「カレーパンが寝てるじゃん!」

 途端に、俺はアップルパイを猛ダッシュで追っかけた。


 アップルパイは疾風のごとくリビングにすっ飛んでいき――その奥のダイニングへ滑り込んだ。

 

「ちょ、待って――」


 俺が磨いてるおかげでいつも銀色ピッカピカのキッチン台。その真横に位置する、白い冷蔵庫のドアにアップルパイが飛びついている。

 一番下段、野菜室に向かってだ。


「そんなに突進すると、潰れちゃうぞ」


 俺がそっと声をかけると同時に、慌てた様子の結衣さんが駆け寄ってきた。パステルカラーのコートを羽織ったままだ。

「ごめんね。この子好奇心が旺盛すぎて」

「大丈夫です。何も被害出ていませんし」


 パイがパンに襲い掛かる超展開を予測し、勝手にハラハラしていた俺は本気でほっとしていた。


「みゅーん……」

 アップルパイは、なぜかちょっと落ち込んでいた。冷蔵庫に体当たりしていた時も、どこか必死そうだったし。

 すると。


「くー?」


 ソファの上から、もそもそとカレーパンがこちらにやって来た。

 結衣さんが、不思議そうな顔をする。


「瞬くん、さっき言ってたカレーパンって……」

「ああ、俺が今日の帰りに拾ったんです」


 カレーパンは何食わぬ顔で、アップルパイに近づいていった。

 うつむいていたアップルパイが、顔(?)を上げる。


「みゅー?」

「くー」


 野生化を経て、人間に出会ったパン同士の会話が始まった。

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