九話

 一生関わりもないと思っていた魔法に、今触れている。それを考えるだけでアイリスは躍り出したくなった。


「大丈夫みたいね、良かった。後少しだから」

「えっ」


 言葉通り、足を包む光の奔流は細くなって、優しく暖かいものも遠くなっていく。


「……はい、おしまい」

「あ……。……!」


 完全に光が消え去ると、足の傷は半分以上消えていた。


「凄い……!」


 アイリスは思わず声を上げる。残っているものも全て新しい皮膚が出来、生傷などは見当たらない。


「思ったより治ったわ。これなら薬を塗り直したりしなくても良さそうね」


 ベッドの下から出した新しい包帯を巻き、ブランゼンは明るく言った。


「ありがとうございます、ブランゼンさん!」

「どういたしまして。さて、痛み止めが切れるまであと数時間……それまでは感覚も鈍いでしょうから、気を付けて」

「分かりました」


 掛布を掛け直され、ぽんと叩かれてもアイリスの目はまだ自分の足に向いている。


「アイリスは、魔法に興味があるの?」


 前の包帯を片付けながらブランゼンが問う。


「魔法に、というか……知らない事を知れるのが、とても楽しいんです。家の仕事も、見たこと無いものや知らない文化や、そういったものに、触れられて……」


 アイリスの声は、だんだんと尻すぼみになっていく。何のためにこうなったか、また頭で反芻し出す。


「あっごめんなさい! 気にしないでアイリス」

「いえ……すみません……」


 アイリスはぎこちなく笑みを作る。そこにノックの音が響いた。


「終わったー? ヘイルが気にしててさー」


 続いてシャオンの声。


「あっはい! 大丈夫です」

「はーい。ヘイルー」


 扉を開けながらシャオンが入って来る。そこから何拍かして、ヘイルが顔を出した。


「……? ヘイルさん……?」


 じっとアイリスの顔を見つめてから、静かに口を開く。


「……大丈夫だったか?」

「えっ? あ、はい! とても綺麗に治して頂きました!」

「そうか」


 二人のやりとりを横目に、シャオンはブランゼンに近付く。


「ヘイルさ、どしたの?」

「さあ? 気紛れの散歩が一つの命を救った事は確かね」


 ブランゼンは肩を竦め、包帯やガーゼを入れた箱を持って立ち上がった。


「私はこれを置いてくるけれど、アイリス、棚の物を二人に見せてもらうと良いわ」

「棚の、ですか?」

「魔法仕掛けの物が多いから」

「!」


 アイリスの目が輝いたのを見て、ブランゼンは穏やかに微笑んでから部屋を出た。


「今度は何?」

「アイリス、魔法細工を見たいのか」


 ヘイルの問いにアイリスはコクコクと頷く。


「どれが見たい?」

「ど、どれ……どれが、どのようなものなのでしょう……?」


 胸の前で手を握りしめながら、アイリスは棚に向けた視線を彷徨わせる。


「そうだな」


 ヘイルは棚の一つに近付き、小さな箱の様な物を手にとった。

 透き通るような水色の、精緻な模様が彫り込まれた手で包み込める大きさの四角。それを手に乗せ、


「これは見映えがするものだな。こんな風に」


 言い終わる前に箱が淡く蒼く光り、上の四隅から箱と同色の〈芽〉が出た。



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