二話

(なんだか暖かい……それにふかふかしてる……)


 浮上する意識に逆らう事無く、少女は瞼を開く。


(ここは……)


 とても質のいいベッドに寝かされている事だけ認識しながら辺りを見回す。


「おお、起きた」

「へぁっ?」


 と、すぐ横にいた誰かと目が合った。


「えっ…………え?」


 知らない部屋に知らない人。一気に目が覚めた少女は、今度は混乱して目を回しそうになる。


「ああ、悪い。驚かせたな。……ここは俺の……友人の家だ。森で倒れたお前をそのままには出来なくてな、ここに運んだんだが……あー……」


 ずるずると掛布に隠れていきそうな少女に、男はそう説明する。困ったように頭をかく動作で、長い髪の毛が乱れた。


「……あ」


 その髪の毛の輝きには、見覚えがある。


 銀とも白とも言えない髪は、また蒼とも翠ともつかない煌めきを放った。それは、あの森の中で見た……。


「あの、森で会ったひと……ですか?」

「! ……ああ、覚えてるか? ……いや、無理に起きるな」


 ゆっくりと身を起こしながら訪ねる少女を、男は押し留める。


「疲労やら怪我やら精神的負荷もあるだろう。無理はするな」

「……!」


 そう言って少女をベッドに戻してから、ああそうだ、とまた口を開く。


「まだ名乗っていなかったな。俺はヘイル・ノベリウス・ルーンツェナルグと言う」

「ルーンツェナルグさん……私は、…………アイリス、と申します」

「アイリスか……そうだ、何か食べれそうか? ブランゼンが何か何か作っている筈だ。ああ、ブランゼンはさっき言った、俺の友人だ。ここの家主だな」

「……そこまで、お世話になる訳には……」


 また起き上がろうとするアイリスを止め、ヘイルは言う。


「食べられるかどうかだけ聞いている。お前も、それ以外は考えなくて良い」


 圧、という程でもないがその口調に押され、アイリスは呟く。


「…………食べられます」


 森で倒れる前から、空腹は限界に来ていた。けれどいつもなら、このような意思表示をしたら「はしたない」と怒られる。そんな思いもあって、アイリスの声は尻すぼみになる。


「そうか、良かった。ではブランゼンを呼んでこよう」


 少し待っていてくれ、と言い残し、ヘイルは部屋を後にした。


「そういえば、ここはどこなのかしら……」


 アイリスは、今更の疑問を口にする。やはりまだ、頭の回転は鈍っているようだ。

 ベッドに寝たまま首だけを動かし、部屋の様子を見る。


「…………わあ……!」


 思わず、歓声を上げる。


 部屋の壁や天井は見たこともない光沢を持つ色の違う石材、しかも見た限りでは一枚岩で出来ている。床は敷物があるのであまり見えないが、その敷物も素晴らしい出来映えだ。細かく均一に織られた布に刺繍が施され、またその染色も見事と言うしかない。

 その一枚岩がくり抜かれ、精緻なレースがかかる窓や、大小4つほどある棚も匠の業が光るもの。ここからでは細部の観察も出来ないほど細かい彫り物がされているものや、いつか見た、どこかの緻密な組木細工、絵付けなど、アイリスの住んでいた地域にはあまり見かけないものだ。


「凄い……!」


 アイリスはまた感嘆の声を上げる。

 棚の中の物をよく見ようと、再びベッドから起き上がろうとした時、ドアがノックされた。

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