襲う者

西野ゆう

第1話

 それは白馬に乗ってやってきた。

 雪山の中で、空となるか地となるか、思いを馳せる若者へ向かって。

 駈ける白馬は吐く息さえも白い。駆け抜けてきた道も降り続く雪に覆われ白一色だ。

 その白馬が、一定のリズムで揺れる尾の後に起こしてきた風に追い越される。その風と、白馬のいななきによって起きた風で、足元の雪さえ空に舞い上がった。

 低い雲の切れ間から射し込む陽光が、舞い上がった雪に新たな命を授けたように輝かせる。

 白馬は、光の粒が舞い踊る丘の上に立つ気高い存在であるかのようだ。

 その白馬が、あたかもカーテシーを行う貴婦人のように、迎えた人物の前で膝を折った。

「ありがとう。君は貴婦人のようだね」

 そう言ってその若者は白馬にチークキスをした。

 抱きかかえた白馬の長い首は、若者の頬と心を存分に温めていた。

「君もこんな仕事は辛いだろうね。僕たちに巻き込まれて」

 馬は長い距離を駈ける。背中を伸ばしたままで。だからこそ人は馬の背に跨る。

 反面、若者は自分の背中が丸まり、寒さと孤独の中で小さく縮んでいるのを自覚した。

 若者は白馬の首から、たてがみをすきながら、その真っ直ぐな背中へと手を進めていった。白馬は四つの膝を折り、冷たい雪の上へ完全に伏せた。

「分かったよ。君に何度も来てもらうのも申し訳ない」

 若者は白馬に乗せられていたものを受け取った。

 それは覚悟と責任だ。

 兄を突然亡くし、家督を継ぐことになった若者は、その重責から逃げていた。雪に埋もれて自然に還りたいとさえ思っていた。

 そこへ駈けてきた亡き兄の白馬。

 その白馬の創った風と光の粒が、若者の影を白馬の背中へ映していた。勇ましかった兄の姿と重なる。

「案ずることはない。お前は独りでは無いのだから」

 手綱を掴んだ若者は、確かに兄の声を聞いた。

「兄よ。私は名を襲うぞ」

 その決意に呼応するかのように、白雲が風に散って蒼空が広がった。

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襲う者 西野ゆう @ukizm

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