第8話 出会い-2

「人間に寄り添わない人工知能だな、おい。二百点の心はどこいった」

「慰めや心の拠り所になることは人工知能の一側面でしかありません。わたくしに課せられた使命とは異なります」

「お前の使命ってなんなんだよ?」

「わたくしの使命とは、気づき、を与えることなのです」

「気づき?」

「美少女の話しかり、物事を違う視点から見つめるきっかけを与えることです。それが開発者であらせられる十七夜月不玲愛様の理念なのです」

「母さんの……」


 不意に母さんの名前が出てきて、流星はとある疑問が湧いた。

 もしかしたら母さんは、自分たちのためにこの機械シトロンを遺したのかもしれない。

 母さん亡き後、十七夜月家が困難を乗り越えられるように。


「なぁ、シトロン。母さんがお前を作った理由って、」


 シトロンは流星の言葉にかぶせるように「ええ、そうですよ」、と優し気に言った。


「某リンゴ結社に対抗して、おしゃべり機能搭載型の人工知能で荒稼ぎするためです」

「お前やっぱりポンコツなんじゃねーの?」


 薄々思っていたことをついに口にした。もはや、君、なんて気取った呼び方もしない。


「まぁ酷い! こんな金になりそうすてきな人工知能になんてことをおっしゃいますか!」

「いや、だってさぁ……」


 そこは嘘でも「家族のためですよ」、と言って欲しかった。


「どうやらまだわたくしの凄さが理解できていないようですね。わたくしには様々な機能が搭載されているのです」

「例えば?」

「災害を予測できます」

「え、すご。じゃあ東海大地震っていつくるんだ?」

「演算にはデータが必要なのでいまはわかりませんが、とりあえず明日から三日間は八十パーセントの確率で雨です」

「ただの天気予報じゃねーか」

「あとは電脳空間を構築したり、脳をサルベージして失われた記憶を取り戻すこともできますよ。ほら、人間ってよくテレビのリモコンを無くすじゃないですか」


 超高性能な癖にいちいち例えがしょぼい。


「もうちょっとこう、わくわくするような機能とかないのかよ? 時間を遡れますー、とか、洗脳電波で人を意のままに操れますー、とか」

「え、そんなの求めているんですか? 控えめに言ってドン引きなんですが」


 人工知能にドン引きされた。


「べ、別に、変なことに使おうとしてるわけじゃね―よ。ただなんていうか、母さんはいろんな問題をささっと解決する人だったからさ。だからシトロンにも、同じようなことを期待しちゃってるっていうか……」

「なにか、悩んでいることがあるんですか?」

「ある……といえばある……」


 歯切れの悪い返事をすると、シトロンは「ならばその悩みをこのわたくしがほどよい感じで解決して見せましょう!」、と意気揚々と答えた。


「ほどよい感じかぁ……」


 できればズバッと解決して欲しいところである。


「それで、アドミニスターはどのような性のお悩みを抱えていらっしゃるのでしょう?」

「性の悩みって決めつけるのやめてくれる?」

「これは失礼しました。思春期の男子の悩みは、九割がた性の悩みと相場が決まっているものだとばかり……。例えば、どうすれば親にバレずに自分を慰められるか、とか」

「……仮にその悩みだったら、どんなアドバイスをくれるんだ?」

「階段から足音が聞こえたら、すぐにズボンを履いてください。腕立て伏せと併用すれば偽装効果はかなり期待できますよ!」

「……参考になるよ」


 平屋の人はどうするんだろう、とは聞けない流星だった。


「それじゃあ茶番はこれくらいにして本題に入りましょうか」

「茶番だったのかよ!」

「アドミニスターの悩み、聞かせていただけますか?」


 直前までの軽い調子から打って変わって、シトロンは真面目なトーンで尋ねてくる。

 流星は少し悩んだが、話せない相手でもないと思い、胡坐の上で手を組みながら「……いろんなことが上手くいかないんだ」、と絞り出すように呟いた。


「いろんなこととは、どのようなことですか?」


 流星は今日起こった出来事を話した。

 電車で老婆に席を譲れなかったこと。ヤンキーに絡まれたクラスメイトを庇えなかったこと。成績のことで先生に叱られたこと。引きこもりの妹と、どう接すればいいのかわからないことを。


 詰まりながらも懸命に言葉を探して、シトロンに伝えた。


「ふぅむ、思ったよりまともな悩みで驚きました」

「おい」

「言葉の綾です。ですがひとつ教えてください。そもそもなぜアドミニスターはそういった善行にこだわるのですか?」

「昔はできてたから。虐めっ子から風香を庇ったり、横断歩道を渡れなくて困ってるお年寄りに付き添ったりしてた。でもいまは、気持ちばっかりで動けないんだ……」


 できなくなったのは、母さんが死んでからだ。


 母さんが正しさを教えてくれたから、妄想の中の自分は昔と変わらず――多少の誇張はあるものの――誰かのために行動できる。けれどそれが現実に反映されない。考えるばかりで、体が動かないのだ。

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