第4話
大分よくなったとはいえ、細部に違和感があったので、私の左小指の治療はまだ続いていた。彼が担当を外れることも多くなったとはいえ、指はきちんと治しておきたかったので、整骨院には一週間に一回か二回くらいのペースで通っていた。
たまに、腰を痛めた女と一緒になることもあったけど。
彼女は腰を痛めていることもあって、まだ彼が一人で担当していた。
ある日、整骨院の順番待ちで、待合の長椅子に座っていたところ、商店街で、ベビーカーを押す女性を見つけて、駆け寄って行く受付の水嶋さんを見てしまった。彼も手が空いていたのか、整骨院の外に出て、水嶋さんの隣で、ベビーカーの前にしゃがみ込んで、赤ちゃんの様子を見ながら、ママさんと会話をしていた。
ママさんは出産前か後に、この整骨院でお世話になったらしく、院内には、ママさんと彼女の夫が、赤ちゃんを挟んで笑う写真が飾ってあった。
――小さな違和感は幾つもあったのに、私はそれを見ないようにしていただけ。
心にさざ波のような衝撃を受けて、私はしばらくどこか遠い世界に飛ばされていた。
「細野さん、次の予約なんだけど」
「……もういい」
「え?」
「もういいです!」
「もういいって、治したくないの?」
「お盆前に、大体治して貰ったし、会社の健康保険組合から封書が来たし」
「あ、それ来たら渡してって言っといたよね。こっちでちゃんとするから」
慣れているのか、彼は平然とそう言ったけど。
私はもう嫌だった。
男性経験が少なく、男慣れしていないとはいえ、ちょっと優しくされたくらいで、嬉しくなっちゃって。治療に来れば、彼に会えるのが嬉しくて、一人喜んで。
馬鹿みたい。
って、自分でも思う。
変にいらうと悪化することもあるので、少しずつ治して行くしかないのかも知れないけど。
会社の健康保険組合から送られてきた封書によると、それは整骨院で保険を使える治療ではないそうだ。
もう、私は彼に、この終わりのない関係に振り回されるのは嫌だった。
「治療して下さって、ありがとうございました。何かあったら、また来ます」
気づくと、私はそう言って、整骨院の外へと飛び出していた。
「細野さん!ちょっと!」
後ろから、彼の呼ぶ声が聞こえたけど、追いかけても来ない。
悔しくなって私は、近くのファッションビルのトイレの個室でしばらく泣いた後、
「日比野さん、いらっしゃいますか?」
予約なしで美容室を訪れ、いつも担当して貰っている女性美容師さんの手が空くのを待って、久しぶりに髪を肩まで切って貰った。
失恋したら髪を切りたくなるっていうけど、本当だな……。自分の一部を切り離したくなるんだろうか?などと考えながら。
夏の日の彼 狩野すみか @antenna80-80
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