第3話 都合のいい形
平日なら空いている、そう考えていたのだが大きな間違いだった。
大人びた香水の香りと、濃厚なチョコレートの香りに包まれる。二人はそれぞれ目当ての物を購入するため一度は解散した。
再び決められた集合場所に戻ると、あやねは両手にいっぱいの紙袋を持っていた。私は、大きめの紙袋二つで済んでしまった。そのうちの一箱は、もしかした渡せないままダメにしてしまうかもしれない。
「ねぇ、雪が降るなんて思ってた?」
店を出た瞬間、ふわふわと舞っていた粉雪を物珍しく思っていた二人だったが、次第に速さも増していく雪に戸惑っていた。
「まさか。このまま家に泊まって行かない? どうせ電車も止まるよ。明日予定なでしょ?」
駅から近いアパートだから、とあやねは言った。
「ないけど……突然だし申し訳ないよ」
「泊まって行ってよ、ひとりじゃさみしい。食料もこんなにあるんだから。冷凍のピザもあるよ、歯ブラシは使い捨ての溜め込んでるし」
「じゃあ、そうしようかな。ありがとう」
あやねのアパートは本当に駅から徒歩五分以内だった。清潔感のある外装で、これで家賃4万は安いと思った。
部屋の中は意外と物が少なくてすっきりとしていた。白を基調としたシンプルな部屋で、とても彼女らしいと思った。
実家からお気に入りの本だけ持ってきたという本棚は、まるで自分の家の本棚を見ているようだった。ほとんど被っている。
「そうだ、これ。あやねにあげる」
クマの顔の形の生チョコケーキ、あやねと久しぶりに会えたことが嬉しくて、せっかくだから帰り際に渡そうと買っておいたのだ。
「嬉しい、ありがとう。相変わらずクマ好きだったんだね。私もこれ紗和子に」
あやねが差し出したのは、誰が見てもすぐにわかるブランドのチョコレートだった。金色の箱が眩しい。
「ありがとう、高かったんじゃない?」
「私の気持ち」
あやねは肩を竦めた。
「お返し奮発する。なんか懐かしいね、チョコの交換」
高校時代、私たちは三年間欠かさずにチョコレートを贈り合ってきた。
「懐かしい。友チョコ、だっけ。便利な言葉だと思った。本命チョコ、義理チョコ、友チョコ……勝手に解釈できるもん」
女の子は大変だ、本命チョコレートの他に友人に渡すチョコレートを用意しなくてはいけない。いつものメンバーにある程度のものを、"ばら撒き"ようにちょっとしたものを。
思えば、あやねはいつもしっかりとしたチョコレートを贈ってくれた。"ばら撒き"の為に大量生産するタイプではなかったから、もしかしたら私にだけだったのかもしれない。
「深雪も同じこと言ってた。……あれ、電話鳴ってたんだ」
話に夢中になっていて電話が鳴ったことに気付かなかった。不在着信が12件、全て深雪からだった。掛け直すべきだろうか、少し迷っているとあやねが見透かしたように笑った。
「深雪のどこが好きなの?」
「え?」
誤魔化すように笑って見せるが、あやねの顔は真剣だった。
「……知ってたんだ、気持ち悪い?」
「紗和子のことそんな風には思わない。見てたらわかるよ。だけど、深雪なんかのどこがいいのかな、とは思ってる」
あやねは悪戯っぽく笑った。冗談めかして言っているが、きっと本気でそう思っている。
「あやね、深雪のことあんまり好きじゃないでしょ」
「なんでわかるの?」
「見てたらわかるよ」
私は声を上げて笑った。上手く隠していたつもりなんだろう、本気で驚いたような顔をしている。
「……だって、深雪ってわがままだし、自分勝手だし、言い方だっていつもキツいし」
深雪は誤解されやすいタイプだった。中学生の頃から華やかな顔立ちで、人見知りだから上手く笑えない。新しい友達も私を通してじゃないと作れなかった。負けず嫌いで、意外と泣き虫。それから、ビビり。
「わかる。でもね、多分そこも好きなんだ……なんだろう、また深雪から電話だよ。出てもいい?」
あやねは黙って頷いた。
「深雪? どうしたの」
『何で電話出ないの?』
深雪の声は明らかに苛立っていた。遠くでバイクが走り出す音がする。外にいるみたいだった。
「ごめん、今友だちといたから」
『今すぐ帰ってきてよ、駅まで行くから』
スンッと鼻を鳴らして、拗ねたように呟いた。
「……わかった、すぐ行く」
「行くの? 電車止まってるかも」
電話を切るとすぐに、あやねが心配そうに訊ねた。
「そしたらタクシー拾う。ごめんね、せっかく泊まらせてくれるっていうのに」
「それはいいけど……」
コートを羽織って、忘れないようにマフラーを首から提げる。その様子を、あやねは黙って腕を組んで眺めていた。
「チョコレートありがとう。今日は本当に楽しかった。また近いうちに」
「私じゃやっぱりだめなんだね」
「……え?」
「なんでもない、早く行って。気をつけてね、ダメなら帰ってきていいから」
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