第2話 貴方の為の日
深雪の気まぐれは今に始まったことではない。でも、今回の件は堪えた。
「……わかった」
そう呟くのが精一杯だった。二月は嫌い、だけど彼女と過ごすバレンタインは嫌いじゃなかった。私じゃない誰かの為に、だとは勿論わかっている。
「じゃあね、またね」
深雪の最寄り駅に着くと、あっという間に人が雪崩れ込んでくる。この田舎町で唯一栄えている駅だ。大きなデパートもある。
駅のホームに立つと、深雪はいつも電車が発車するまでの約一分間待っていてくれる。こっちを見て、小さく手を振る。
今日から冬休み、口実がなくちゃ会えない。
「紗和子!」
突然声を掛けられて、飛び上がる程驚いてしまう。周囲の視線が痛い。
「あやね……! 久しぶり」
松本あやねは高校の同級生だ。そういえばあやねの大学の最寄駅でもある。栄えていていいね、と深雪と羨ましがっていた。
久しぶりに見た彼女は綺麗になっていた。ゆるく巻いた髪に、華やかなネイル。昔から綺麗な顔をしていたが、系統がまるで違う。
「深雪に似てる人がいたから、もしかしたら紗和子も……って思ったんだ」
あやねは私にとってすごく気の合う友人だ。好きな物がことごとく同じで、放課後暗くなるまで話し込んでいたこともあった。
でも、深雪はおそらくあやねのことをよく思っていなかった。それはあやねも同じ。
二人は、決して本気で嫌い合っている訳ではないと思う。挨拶もするし、当たり障りのない会話だってする。ご飯も一緒に食べるけど、休日は一緒に過ごさない。二人の性格はまるで正反対だった。
そういえば、私と深雪には何の共通点もなかった。
もう深雪のことを考えるのはやめよう、紗和子は深く息を吐いた。どうにもならない恋だとわかっていた。
何回も諦めようとしては、翌日いつも通り笑う彼女を見て諦めることを諦めていた。
「……あやねに会えるなんて嬉しい、そっちは冬休みいつから?」
「今日からだよ、同じ? またカラオケ行こうよ」
「行こう、いつにする?」
紗和子はポケットからスマホを取り出した。集中講義もバイトのシフトも全部この中に入ってる。
「あー……そういえば、もうすぐバレンタインだね」
あやねは思い出したように手を止めた。真っ赤なスマホカバーには、高校の時に二人で撮ったプリクラが貼ってあって、くすぐったいような気持ちになる。
「今年も深雪と約束してるの?」
「ううん、今年はしてない」
声が上擦ってしまう。動揺していることを悟られたくなかった。
「じゃあ予定ない?」
あやねの顔がパッと輝いた。
(ああ、そういえば高校の時にも同じことがあったっけ)
ちょうど14日が日曜日で、いつも通りあやねにカラオケに誘われて断ったんだっけ。
その日は、深雪が夕方バイト先に持って行きたいからと当日私の家で生チョコを作った。
ココアの粉まみれになって、笑ったらもっと粉が舞うのが可笑しくて二人で涙が出るほど笑ったことを思い出す。
「……ないよ、大丈夫」
「じゃあさ、14日に付き合ってよ。チョコレート見に行きたい」
「いいけど、そんな当日でいいの? 」
「平気。平日のだから空いてるだろうし、見たいチョコは自分用のご褒美だから。っていうか紗和子こそ本当に
「私は……」
「あ、次で降りなきゃ。じゃあ、また連絡するね」
またね、と手を振る。
バレンタインデーは深雪の為の日だった、15年間ずっと。
それでもいいと決めたのも、きっと同じくらいだ。
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