一番綺麗な形をあげる。
桐野
第1話 愛を贈る日
二月はあんまり好きじゃない、そう呟くと野坂深雪は隣で呆れたように笑った。
「なんで? 寒いから?」
「まぁ、そんな感じ」
深雪は白い息を吐いた。本当に寒いね、と呟いて空を見上げた。同じように空を見上げる、一番星は見当たらない。
「今年はどうする?」
私が期待していた答えは、家で作るか、それともデパ地下に買いに行くか。もしくはその両方。
確か深雪が食べたいと言っていた"ご褒美チョコ"は数量限定のはずだった。買いに行くならきっと今週末しかない。
「あー……」
深雪は珍しく歯切れが悪い。ちょうど電車が到着する。いつもより時間がズレているからか、ラッシュは免れたようだった。
すれ違ったスーツ姿の男性が深雪のことを目で追っていた。
(わかるよ、私も目が離せないもん)
華奢な体に透き通るような白い肌。長い睫毛に、大きな瞳、白いニットのワンピースとキャメルのコートが嘘みたいに似合っている。
野坂深雪は恋多き女だった、15年間ずっと。
私たちは幼稚園の頃からの幼馴染。学部は違えど、まさか大学まで一緒になるとは思わなかった。
ちょうど二つ空いた席に座ると、深雪はまだ考え込んでいた。吊り革広告はバレンタインデー一色だった。
バレンタインデーには愛を伝えよう、義理チョコ反対、今年こそ本命。赤とピンクで目がチカチカする。
「今年は……いいや」
「いいの? 最近毎晩LINEしてる佐藤くんは? 深雪のお気に入りだっていう髭の教授は?」
「いいかな、別に」
バレンタインデーに特別なことをしないなんて……。
深雪とは15年の付き合いだったが、こんなことは初めてだった。毎年、深雪は必ず誰かに恋をしていて、二人でチョコレートを作るのが定番だった。
これは中学生になって、私がお菓子作りにハマったからでもある。あの頃、休みの度にお菓子を作っては深雪に食べさせていた。
そのクオリティは自画自賛するほどで、それに目を付けた深雪がバレンタインデーに手作りしたいから教えてくれと言い出したのだ。
教えてくれ、とい言っても二人でレシピを見てあーだこーだと言うだけだ。
毎年深雪が無茶なリクエストを出して、私が軌道修正をする。深雪ときたら、薄く切ったチョコレートで薔薇を作りたいだとか、クマの形のガトーショコラを作りたいとか言い出すのだ。
同級生の男の子、英語の先生、社会の先生、人気者の先輩、バイト先の人……。
初めての彼氏に作った生焼けのフォンダンショコラ、歯が折れそうになったキャラメル、固まらなかったチョコレートプリン、粉々のハートのクッキー。
私にとっての初恋が深雪だったと気付いたのは、中学生の時だった。それから今も拗らせている。
誰にも話したことがない、私の秘密。
二月は嫌いだ、私はどうしたって"本命"になれないということを嫌というほど思い知らされるから。
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