第16話 朱雀と丁亥と危険な街
「もしもし!歳久古兄上!今どこ?迎えに行くから!薩摩省がすごくやばいって!」
「私は大丈夫だからもう寝なさい。また明日連絡するから。わがままを言って川田先生を困らせないようにな」
【トシコちゃーん!電話終わったらテーブル丁に行ってねー!】
野太い男性の声が鍵から響いて家久沙達は凍りついた。
「としこちゃんて誰」
「と、歳久古殿!な、なにをしてるでおじゃるか!」
「川田先生、家久沙をお願いします。ごめんなさい行かないと…また連絡します」
「まっ、待っ…あっ」
鍵の電源を切った歳久古は疲れた顔でため息を吐くと、笑顔を作って客席へ向かった。
「お待たせいたしました。トシコと申します。宜しくお願いします」
スラリとした長身。少しウェーブした豊かな赤茶色の長い髪。長い睫毛に愁いのある潤んだ瞳。形の整った鼻と口。痛々しい痣や薄い傷が顔や腕に残ってはいたがそれが気にならない程、歳久古は美男子であった。また、赤いドレスの裾捌きや座る所作もまた気品を感じさせた。
「わー美人さん!端っこじゃなくて私の隣に来てよぉ」
「いや俺の隣!」
重低音で騒ぐ客達。歳久古は自分の口に人差し指を立てて小声で言った。
(すみません。他のお客様もおられるので、少し静かになさってください)
客は当たりを見回してすみません、と頭を下げると小声で聞いた。
(その傷どうしたの?病院行った?)
(はい連れて行っていただきました。心配してくださってありがとうございます。これはちょっと色々ありまして…大した事ではないですよ)
(色々って何!歳久古さんって宇宙人という設定…じゃなくて宇宙人なんだよね?)
歳久古はママ(ニューハーフ)に【薄幸の宇宙人】というキャラ設定にされて名刺も作っていた。
「せっかくだからこの星に来てからの話聞きたい!」
「俺もー!」
「そんなに面白い話ではありませんが……」
歳久古は少し苦笑いしながら、宇宙船が不時着してからの出来事を語った。
———宇宙船の警告音後。家久沙と弘、義康、義久古、川田、最後に歳久古の順で最新型パラシュートで落下したのだが。歳久沙のパラシュートは何故か凄い勢いで南西に引き寄せられていった。
「困ったな…とりあえずバランスを取らないと…」
「オマエ〜こまってるNO?助けて欲しいKA?」
歳久古が目を動かすと。赤い三角形の宝石の冠を被った、夕焼けのように真っ赤に輝く鳥がいた。思わず長い睫毛を高速でパサパサ瞬きさせた歳久だが。あたりを見回しながら言った。
「私は大丈夫なのでまだ子供の家久沙、次に川田先生を…あれ?」
周りを見回すと真っ赤な鳥しかいない。はぐれてしまったのだろうか…そう歳久が思うと同時に赤鳥は陽気に言った。
「ミンナは多分大丈夫だYO!ヒマだから助けてやるYO!その代わりヒノトイをよろしくNE!赤くて喋るイノシシだYO!薩摩省薩摩県にいるYO!」
「承知しましたお役に立てるかわかりませんがヒノトイさんを探しますその代わり私に何かあったらこの刀と鍵と財布を私の兄・島津義久古兄上にお渡しください黄色い着物を着た真面目な青年です似たような黄色に輝く鞘の刀を持っています」
「いいYO!」
早口で返事した歳久古は刀と鍵を赤鳥に渡した。赤鳥は羽でパタパタ仰ぎ続け。歳久古のパラシュートを安定させて草の生い茂った広場に誘導してくれた。しかし高度十メートルを切った時。パラシュートから嫌な音がして歪みだし、落下速度が速まった。
「ごめん爪当たったYO!穴空いたYO!」
「誘導ありがとうご…ァァァ!」
本来ならカッタウェイハンドルを引いてメインパラシュートを体ハーネスから切り離した後、リザーブハンドルを引いてリザーブ(予備)パラシュートを開くのが基本だが。
「時間がない」
間に合わないと判断した歳久古は5接地転回法(P.L.F.)を試みた。柔らかく膝を曲げて揃えた両足で着地後、斜めに回転し、体の片側の縁や背面で次々と接地して衝撃を分散させる着地法だ。
(足裏!)
(ふくらはぎ!)
(もも!)
(尻!)
(背!)
(肩!)
必死に脱出マニュアルを暗唱し。数mの高さから着地して草地に転がった歳久古。彼はパラシュートを外しながら冷や汗を拭って荒い息で呟いた。
「痛い…でも骨折はしていない…風が強くなくて良かった……風が強かったら上手く着地出来なかった…着陸場所もふわふわした草地で煙臭い場所を避けられたし…今日は本当にツイている…恐ろしいくらいに……あっ!」
歳久古がボスっとパラシュートに何かが落ちた音に反応し、あたりを見回すと。敷物となったパラシュートの上には鍵と刀と財布が載っていた。
「ありがとうございます!」
歳久古が赤鳥にお辞儀すると、赤鳥は手を振って去っていった。刀や鍵を回収して、パラシュートを丁寧に畳んだ歳久古は、地図看板を探す事にした。自分がどこにいるか確認する必要があったからだ。少し焦げ臭い匂いがしたり、入れ墨の怖い男とすれ違ったりしながら歩き回って、やっと歳久古は地図看板を見つけた。
「……ここは公園なのか。1km先には薩摩省薩摩県観光案内所…ここは薩摩県という所なのか」
現在地がわかった歳久古は鍵の通話機能で家久沙と川田と義久古に連絡を取った。三人が安全な場所で無事らしい、と聞いた彼は長い息を吐いた。
「連絡が取れなかった弘兄上と義康殿は心配だけど…お二人とも生命力はクマムシ並みにあるから大丈夫だろう。何かやらかさなければ…ん?」
地図看板の近くには、金属光沢のある手のひらサイズの小さなラグビーボールのような物が転がっていた。何だろう?と思ってそれを見つめていた歳久古に、弱々しい声が飛んできた。
「…触ってはいけません…小型爆弾です…」
疲れ切った顔の赤く光る小さなイノシシは、眠そうな目でそう言うと。ペタンと座り込んだ。
「あ、ありがとうございます」
歳久古はイノシシを胸元に抱えて速歩きした後に走り出した。
「失礼します」
「な、なんですかあなた」
「爆弾なら距離を取らないと。貴方は動けそうにないので」
「お、置いていってください。さもないと危険な目にあいますよ…」
その言葉通り。少しして背後から途切れ途切れの疲れた声がした。
「お、おいお前、赤いイノシシを見なかったか…」
歳久古はヘルメットを片手で脱ぎ、ヘルメットを胸元に抱えて振り返った。
「イノシシですか?見ていません」
「ヘルメットになにか隠してないか?」
若く人相の悪い男は、汗をかいた真っ赤な顔でゼイゼイ言いながら入れ墨の入った腕を伸ばした。歳久古は両手を伸ばして空っぽのヘルメットを見せた。
「また探し直しか。見つけたら言えよ…全くどこに逃げやがったんだ…ハァ」
「はい」
無罪放免となって開放された歳久古は公園を出た。その道中、彼は様々な光景を目にした。
(ええ…なんでまた路上にこんなものが…)
途中道端でまた小型爆弾をまた見つけて背筋が凍る歳久古。足早に通り過ぎて一息ついたのも束の間、今度は黒い砂のような物がザザーッと空から降ってきた。歳久古は砂がイノシシが入った方の袖口に入らないよう袖を掴みながら心で呟いた。
(なんだなんなんだこの街は…とんでもない物が降っているのに雨が降ってきたみたいに通常運転だ…それに歩き方や走り方が鍛えていそうな人が多い…お年寄りは少ないな…おや)
歳久古が歩いている道を挟んだ向かい側に細長い乗り物が止まったが。乗り物は並んでいた人を乗せずに発車。思わず歳久古は目を凝らした。人と思ったのは銅像であった。
(人じゃなくて銅像か。いくら鍛えていても流石に体の構成や成分は変えられないな、うん)
一息ついた彼だが。今度は物々しい黒の鉄扉に書かれた殺伐とした書体が視界へ入った。
【殺し屋派遣します】
(……む、虫駆除の会社か…)
思わず苦笑いする歳久古。その後も色々あって、もうさっさとこの街を出たい…と思った彼だったが。とりあえず刀と鍵をロッカーに預け、本屋で本を買い、繁華街のカラオケ店に入って逃走経路を考える事にした。赤いイノシシを休ませないといけないと判断したからである。
「時間までごゆっくりどうぞ。なにかあったらベルを押してください」
「はい。ありがとうございます」
店員がいなくなった後。歳久古は袖口からイノシシを出した。
「失礼します。もう大丈夫ですよ。何か注文したい物はありますか?」
「…熱い紅茶を」
歳久古はベルを鳴らして自分のスポーツドリンク、イノシシの紅茶を注文した。店員がいなくなってから、歳久古はまたイノシシを袖から出した。
「…どうも。あ、一人で持てます」
「熱いですがスポーツドリンクの氷入れますか?味は混ざってしまいますが」
「…熱いのが好きなんです。私はこれくらいで火傷しません」
赤いイノシシは夜色の波模様の手でゆっくり紅茶を飲み始めた。飲み終わった頃には、心なしか少しだけ元気になってきたように歳久古には見えた。だがほっとしたのもつかの間、イノシシは虚ろな目で歩き出した。
「お世話になりました…」
「えっ!ちゃんと横になって休まないと駄目ですよ!それに追われてるんでしょう!」
カップの下には伝票より少し多くお金を挾み、慌てて出口に回り込む歳久古。だが、イノシシは掠れた声で吐き捨てるように言った。
「もういいんです…私に恩を売っても仕方ないですよ…私はもう、誰がハトのフンを踏むかくらいしか占えません…もう…疲れました…無力な自分にも…」
『どうしてぼくはこんなにむりょくなんだろう…おかあさんごめんなさい…』
イノシシの水色の目は暗く、生きる意欲を感じられなかった。無力な自分か…。歳久古は少し過去を反芻しながらイノシシに目線を合わせて言った。
「私は真っ赤で大きな鳥さんと取引をしました。私が無事に地上へ降りる手伝いをする代わりに、喋る赤いイノシシ…丁亥殿を頼むと。だから、もし私が貴方のお役に立てても恩なんか感じる必要はありません。貴方はこれからどうしたいですか?随分疲労が溜まっているようですが…」
「…朱雀様にお会いになったのですね。私は…探しものをしているんです…」
労るような歳久古の目に気がついたのか、微かだが表情が和らいだ丁亥。しかし、外で騒ぎが起こって顔をしかめた。
「だめだ…窓から逃げてください。私を置いていけば貴方は深追いされません。て、聞いてますか!」
歳久古は丁亥を詰めたヘルメットを被ると直ぐに2階の窓から飛び降り。斜めに回転した。先程と同じ5接地転回法である。
「いない!」
「窓から逃げたか!」
歳久古は自分の迂闊さにため息を吐いた。
「さっさと街を出るべきでした。すみません……あっ、苦しいですか」
ヘルメットの中でもがく丁亥を走りながら取り出した歳久古だったが。丁亥は何故かカラオケボックスに奔って戻ってしまった。
「もう充分です…ありがとうございました!」
「待ってください!」
普通のイノシシのように速く走る丁亥。思わず追いかける歳久古。
「来ないでくださ…あ!」
歳久古の背後には。恐ろしい男数人と、インテリヤクザっぽいボスらしき男が立っていた。
※登場人物の真似は素人がやると命に関わるので本当におやめください
参考にさせて戴いたHP様 動画様
htts://www.skydivefujioka.jp/self_diving/emergency.html
htts://www.skydivefujioka.jp/self_diving/gear_commentary.html
htts://www.skydivefujioka.jp/glossary/glossary_ka.html
特定非営利活動法人スカイダイブ藤岡様
htts://freefallfactory.com/accidents.aspx
ハワイのスカイダイビングの総合案内所様
htts://www.gizmodo.jp/2015/11/parachuet_daizi.html
ギズモード・ジャパン様
YouTube動画名
Canopy Burn Skydiving Sutunt-Raw Footage
東考社AXIS FlightSchool TV 様
htts://www7a.biglobe.ne.jp/~skydive/custom11.html
スカイダイビング記-3 じゃんぷらん 様
htts://skydive.jp/2013/08/11/%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%80%82orz/
skydive.jp様
htts://tokyosky.to/tokyosky_blog/blog/category/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E5%86%85%E5%AE%B9%E5%88%A5%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%BC/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%B0/
Tokyo Skyline Webmaster Blog様
YouTube 5点着地
unlimited3037 様
YouTube
【パラシュート】怪我人続出!?陸上自衛隊空挺降下5接地転倒の裏には知られざる緻密な訓練があった。I tried landing training of a japanese parachute
Akikin Japan チャンネル様
htts://airmanship.jp/para_ld.html#:~:text=%EF%BC%95%E6%8E%A5%E5%9C%B0%E8%BB%A2%E5%9B%9E%E6%B3%95%E3%81%A8,%E3%81%A7%E3%82%82%E4%BD%BF%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
AIRMANSHIP様
htts://www.happiness-direct.com/shop/pg/1h-vol408/#anchor_03
漢方の五行様
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