第15話 癸亥と謎の二人組

 巨大な火達磨となった辛酉。責任を感じた家久沙は、川田や防人隊隊員と噴水の消火栓を探しに走った。川田の背中に飛び乗ったサギさんは、しょんぼりした顔で頭を下げた。


「ワイが火がどうこう言うたせいや…賠償金がとんでも無い事になったらワイも一緒に出頭するし強制労働するで…すまんな」


「いや俺が詰めが甘かったからだよ…ごめんなさい」


「君が頑張ってるのはわかるよ。……多分あっち…お?」



 屋外用消火栓の近くには、背が高く肌が黒い若い男性と家久沙と同じ年くらいの少し灰色味のある肌の少年がいた。彼らの手にはセットされたホースが握られていた。青年は深みのある綺麗な声で挨拶してきた。


「こんばんワ!お兄さん達に任せて良いですカ?」


「はい!ご協力ありがとうございました!」


 

お辞儀をした家久沙達はホースを持って辛酉の下へ走る。



「また後で!サギさん!」



 辛酉は仲間の声が聞こえた気がしたが、今は緊急事態なので考えない事にした。



「やっぱり鎮火出来ない…」



 家久沙と川田はホースで水を掛けるが。燃え盛る火を抑えるので精一杯。今日は乾燥していて他の場所でも火事があり、周りに建物がない此処は後回しになっていた。そろそろ消火ボンベも切れそう、という所で隊員はホースを渡して逃げるよう家久沙と川田に告げた。嫌だとごねる家久沙と説得しようとする川田と防人隊で揉めていた時。深みのある綺麗な声が飛んできた。



「癸・水晶琴(みずのとすいしょうきん」



 水晶のように透明で長さの違う角材が辛酉の頭上に現れ。それは波のように弾みながら水晶琴のように澄んだ高音を奏でて音符型に分解。それはポロンポロンと疲れを癒やす優しい音楽を歌って落ちていった。透明な音符はシューッと白い水蒸気となって辛酉を包み、火はドンドン小さくなって消えた。後に残ったのは、真っ白で巨大な卵。



「癒やし系の音でしたね。とりま消防に消火報告します!」


「よろしく。……なんでだろう疲れが飛んだ気がする」


「俺も……さっきまで疲れてたのに少し楽になった」


「しまった!あのような詩的で美しい瞬間を録画しておけば良かったッ!」



 不思議な感覚に驚く防人隊達だったが。彼らはすぐに辺りを見回して、家久沙がさっき見た青年と少年に頭を下げた。



「ご協力ありがとうございました!」


「皆様もお疲れ様でス。いつもこの星を守っていただいてありがとうございまス」


「お疲れ様です!ありがとうございます!」



 家久沙と同じようにほわっと光る水色の甲冑を来た青年と、リュックを背負った少年は礼儀正しくお辞儀をした。そして青年はすぐに小さな声で言った。



「あまり目立ちたくないのデ、僕達の事は黙っていてくださイ」


「承知しました」


「ありがとうございまス」


「……リュック開けてくれる?」 


「うん」


「光るリュックが喋りましたッ!」



 一応空気を読んでスマホを引っ込めて見守る忠興。少年がリュックのチャックを開くと、ホワッと水色に光るふわふわしたかわいい亥が出て来た。亥は耳に付けた涙型の飾りをシャラッと鳴らしてお辞儀した。



「皆様ありがとうございました。私は癸亥みずのといと申します。こちらの二人は親子ではありませんが、色々あって静かに暮らしているのです。どうか通報等はお止めください。お願いします」


「はい!承知しました!」


「ありがとうございます」



 皆の口に出していいか迷う疑問を察して挨拶すると、癸亥は円らな瞳で辛卯を見た。



「サギさん久しぶり!ちょっともう帰らないとだから連絡先書くよ。トトリンにもよろしくね」


「おう!ミズノン久しぶりやで!また後でな!」



 癸亥は小さな紙に電話番号を書くとサギさんに渡した。癸亥は皆にお辞儀すると再びリュックに入り、青年と少年はお辞儀して去っていった。彼らの背中から卵に目線を移す防人隊員に、辛卯、家久沙、川田、忠興は土下座した。



「卵は無害だから大丈夫や!皆様申し訳ない!わいがやれって言うたんや!家久沙は胡散臭い化け物のわいに強引に頼まれただけなんや!」


「いえ俺が全部やりました!申し訳ありません!」


「私は未成年の家久沙君の保護者でございまする…彼に賛同した共犯でもあるので責任は私にあります!申し訳ありませぬ」


「私も同罪です。申し訳ありません」



 他の防人隊は家久沙達を注意しつつも励ますと、白い卵を見た。



「これはどうしたら良いのでしょうか」


「皆様ありがとうやで!そのうち割れるで」



 その言葉からすぐ、巨大で白い卵がばっかり割れた。中からは普通サイズのたくさんの卵と、メタリックホワイトの毛のスリムで洗練された鳥が眼鏡をクイッと上げて出てくる。



「皆様今晩は。辛酉と申します。これはどのような状況ですか?」



「トトリン良かった!戻ったんや!これからワイとトトリンは謝罪行脚と多額の損害賠償せなあかん!裁判も待っとるで!多分仲良く豚箱行きや!忙しくなるで!でも戻って良かった!」



「アァァ…アァ…」



 笑顔で抱きつくサギさんだが。トトリンは白目を向いて口をポカンと開けたまま倒れた。


———その後。白い大量の卵から宝石は無事に傷無く出てきて、宝石店への損害賠償はお店のガラス代等や少しの迷惑料(サギさんとトトリンが働く)で済んだ。しかし。家久沙達は京都省知事にタワーの件で呼び出された。家久沙と川田とサギさんはお咎め無しだったが。電線を齧ったり外装の宝石を食べたトトリンは、扇子に着物姿のやんごとなき感じの省知事に尋問を受けていた。知事は知的で気品のある顔で淡々と話したが。背が高くて体格の良い彼が扇子で自身の手をバシッバシッと叩く様子に、家久沙達はちょっとビクッとした。



「君、とんでもない事をしでかしてくれたなぁ。京都タワーの修繕費なんぼになるかいな。善良な一般市民の皆様も不安にさせて」


「も、申し訳ありません…私は空が飛べるので私も修理に参加させてください」


「ワイも参加するから堪忍してや…トトリンは五行が乱れておかしくなってたんよ。どうか償うから赦してや」


 家久沙と川田も自分達の星に帰るまで働く、と頭を下げ。忠興も助け舟を出した。


「知事。もうこれくらいで良いのでは?私も貯金を出します」


「そ、それは駄目です!」



 固辞するトトリンだが。省知事は苦笑いした。


「忠興、あんたは無駄遣いばっかりしてるさかい、貯金なんて大してへんやろう」



 真っ赤な顔で俯く忠興にため息を吐くと、知事はポン、とまた扇で手を叩いた。



「まあ辛卯はんと辛酉はんがこの天球の為に戦うてくれるんやったら、タワーの件に付いては不問としまひょ。きちんと反省してな」


 

どうして戦闘能力がなさそうな自分達二匹に防衛の話を振るのか。極極身強時は制御が効かないから無理だし…二匹はあっ、と気がついて思わず目を合わせた。



「私達二匹だけなら」


「家久沙と川田先生には関わらせんのならええよ!もう既に迷惑かけとるし本来この天球の人間やないからな!」


「ほぉ。君達は中々しっかりしてるなぁ」



 二匹を興味深そうにじっと見る知事。忠興は嫌な予感がした。



「父の口車に乗るなッ!」


「まずは話を聞かせてください」



 即答する家久沙に知事はニヤッと笑い。皆は家久沙を止めた



「ダダダダダダ駄目でおじゃる!」


「ぶっちゃけ天球やばいんですか?五行は何で乱れてるんですか?前読んだ雑誌で五行や磁場が乱れる時はその星に何か大変な事が近付いてる可能性があるってありました」


「そないな都市伝説みたいな事を信じるのかい」


「だって動物が喋ってる自体おかしいじゃないですか。都市伝説超えてんじゃん」



 知事は腹を抱えて大笑いすると、ニコッと笑って言った。



「半分は正解」


「そ、そんな話初めて聞きました!何かおかしいとは思っていましたが」



 驚く忠興に知事は淡々と語った。



「そりゃそうだよ。一般市民が聞いたら混乱するさかいに情報規制をしとるんだよ。辛酉君だけでなく色々な干支君が派手にやらかしてくれたから、もう一部解禁にしてるけどさ。ただ、どれ位危険なのかはまだわかれへん。地方レベルで済むのか、日の国全体に及ぶのか、近隣諸国がアウトなのか、天球全体がアウトなのか」


「天球レベルならうちの星も危ない……天文学的には近所だから…」


 家久沙と川田は少し震えて暗い顔を見合わせた。


「でもまあ希望が無いわけではおまへん。現に辛卯君や辛酉君……家久沙君が希望を見せてくれた。その刀は誰でも使えるのかい?」


 川田は刀の説明書のような物を思い出して解説した。


「使える事は使えまする。でも、辛なら辛の日柱、それか命式で喜神が金の人…命式に金が必要な人が良いみたいでおじゃる」


「命式とは本人の生年月日と生まれた時刻で決まる60干支の組み合わせでしたっけ?年柱、日柱、月柱、時柱の計4つ干支があるんですよね?」


「そうそう。それでおじゃる」



 忠興の質問に答える川田。一方知事は家久沙を見た。



「家久沙君は?」


「俺は誕生日がわからないんです…まだ未成年だから年柱で考えたら丁未らしいし、日柱が丁の兄上は譲ってくれると言ったんですが、辛の方がなんとなくかっこいい気がして気にいってるし、わがままだけど選ばせてもらいました」



 兄の歳久古は日柱が丁亥だが、家久沙の年柱が丁未なので丁の刀を譲ろうとした。しかし家久沙が辛が良いと強く主張したため、結局折れた歳久古が丁、家久沙が辛の刀を持つ事となった。ちなみに家久沙は、五行相生で考えると丁の年柱を強化するであろう甲の刀も何となく拒否した。



「…父上」


 

忠興は知事を睨んだ。知事も困り眉であっ、と呟くと。頭を下げた。




「立ち入った事を聞いてごめんね」


「産まれた日の記憶が無くて申し訳ない…でも、家久沙君は本当に島津家四男でおじゃるよ!DNA検査もそう出たでおじゃる!私は家久沙君が赤ちゃんの頃から知ってるでおじゃるよ!写真もあるし、立つのも歩くのも話すのも早かった事も聞いてて覚えてるでおじゃる!もちろん義久古殿達も!皆様も!」



 家久沙が生まれた日は酷い大雨や停電などで、病院も混乱していた為正確な出産日がわからなかったと彼の父母は言っていた。家久沙の母は万が一の取り違えを恐れて検査を頼み、その結果の書面は家久も確認していた。ただ、誕生日がわからない、というのは明るい彼でもほんのちょっとだけ寂しく感じていた。だが一生懸命励まそうと手をパタパタさせながら訴える川田、気遣わしげに眉を寄せる忠興と知事を見て、ニコッと笑った。



「心配してくれてありがとう!知らなかったんだし大した事じゃないから気にしないで!俺はめっちゃやりたい放題わがままに自由に生きてるし!」


「…まあそんな感じはするな」


「意外と気を遣ってる所もあるでおじゃるよ!」


「忠興の方が我儘な気がするけどなぁ。まあ基本的に誰にでも使えるのなら手放す事も考えて欲しいな。勿論刀に釣り合うだけの見返りは払うから。とりあえずタワーの件は辛酉君がたまに来てくれたらええよ」


「あ、ありがとうございます!」



 こうして日付が変わる前には開放された家久沙達だったが。最後に知事はポツリと行った。



「それにしても九州大陸の薩摩省に不時着せいなんだのは運がええな。彼処は恐ろしい所だよほんまに」


「えっ」


 


 家久沙と川田は家久沙の不運な兄・歳久古を思い出してまた真っ青になった。


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