第17話 徐幸総理の探し物
自販機の裏側から出て来た者を含めると、十人以上のヤクザに取り囲まれた歳久古。彼は観念して両手を上げた。人数と囲み方から逃げられそうにない事、ナイフや拳銃は向けて来ていない事、ギャラリーがいる事、交番が遠くない事などから、無理して逃げなければ数発殴られるくらいで済みそう、と判断したからである。
「よくも騙してくれたな!」
怒号とパンチを浴びせる大男達。数発目でインテリヤクザ風の男に止められた彼らは、うずくまって涙目で震える歳久古を睨んで言った。
「どうなるかわかってるんだろうな!タダで帰れると思うなよ!」
「ももも申し訳ありまひぇん、わ、私は昔予防接種でハズレを引いたので、内臓は年齢のわりに丈夫ではありません……働くので勘弁していただけませんか…お願いします許してください…」
「ちったあ反省したか。うちは臓器はやってないんだよなぁ…」
どうしましょうか、と男達はインテリヤクザを見た。インテリヤクザは歳久古にゆっくり近寄った。
「こいつは中々見所がある。二階から躊躇なく飛び降りる身体能力、最低限の状況判断力、それから」
インテリヤクザは歳久古の耳元で囁いた。
「演技力」
歳久古は思わず表情が固まった。インテリヤクザはスッと背中を向けると、手下に歳久古を連行させた。
「もしお前が逃げたらコイツをひまわり鍋にしてやる」
「ま、待ってください!その方は何も知らないんです!私が付き纏っただけで…ちなみにイノシシはボタン鍋です…」
丁亥はインテリヤクザのスラックスの裾を掴んで必死に訴えたが、インテリヤクザは眼鏡を直しながら冷たく告げた。
「お前が役に立つ予言をしたら解放してやる。お前も。あいつも」
その後、歳久古は事務所に連れて行かれた。そこでこの組織…自称飲食業のスカウトを断った為、他の同じ境遇の者達やバイト達とバスに乗せられた。
「お、俺達どこに連れて行かれるんだ?」
「遺跡発掘現場らしいぞ」
「エネルギー工場じゃなくて良かった」
「この先のランプ美術館か病院で働くならクーラー効いてて楽なのに」
「あそこはもうすぐ閉館だからないだろ。変な鳥が来て話題にはなったけど」
「鳥の動画は消されて見れなかったよ。所で何で遺跡発掘が徐幸総理直々の依頼なんだ?埋蔵金か?」
「五行研究所も絡んでるらしいから埋蔵金は違うんじゃね」
ざわめく皆。筋肉ムキムキの男はマイクで叫んだ。
「静かにしろ!そうだ。遺跡発掘現場だ。徐幸総理大臣直々のご依頼でな。さっき食べた弁当も差し入れだから感謝しろ。後で視察にいらっしゃるから失礼のないように!返事は?」
「はい…!」
筋肉ムキムキのスーツの男に一喝された後、静まり返るバス内。歳久古は神妙な顔で窓の外を見つめて考え込んでいた。さっさとこの街を出るか、逃げた丁亥を追わずに交番にもう一度駆け込むか、川田先生か兄上達に相談すべきだったと。マシだった判断は本屋のコインロッカーに刀を預け、それの鍵は交番(パトロール中で無人であった)のポストにメモと一緒に入れた事だけだ。
(丁亥殿を頼むと言われたのに、責任を果たせなかった。リンチとか牡丹鍋にされていないと良いが…)
歳久古は丁亥とは初対面ではあったが。自分の無力さを嘆く哀しい眼差しや、誰かを信じる事や何かを諦めたような表情が昔の自分と重なって、どこか他人には思えなかった。しかしそんな彼の後悔とは関係なく、バスは青々とした草原に辿り着いた。責任者の男が言うには、今日のノルマは指定されたゾーンの草刈りと、地面を浅く掘る作業である。
「水分と塩分は摂ってもいいがサボるなよ!万が一5色の箱や扉を見つけたら報告しろ」
青空の中から少し斜めな黄色い日差しが差し込む中、歳久古達は草を刈り始めた。ジワジワと体を焼かれるような暑さと眩しい光、さらにセミの鳴き声がヴィーンヴィーンと超音波のように響いて彼らの体力を削っていく。歳久古達は汗を拭いながら草を刈り。それが終わると休憩を挟んで地面を掘った。掘った深さに比例して空も色の深さを増し、真っ暗になっていった。
「今日は終わりだ!」
ヘルメットにヘッドライトを付けた責任者がスピーカーでそう告げて去った時。ドサッと音が聞こえた。
「どうしましたか?」
「あ、ああ、大丈夫だよ、すまないね…ちょっと熱くてふらふらしてね」
初老の男はベタっと座り込んで苦しげに見えた。歳久古はライトで照らした彼の顔が赤く、その背中も手も熱い事に気が付いた。歳久古は見回りの男に声をかけたが。自力で救護室に運べと言われ、初老の男は脳卒中などの既往歴や骨折もないと言うので彼を救護室に運ぶ事にした。
「ありがとう。でもちょっと休めば立てるよ…先に行ってくれ、大丈夫だよ」
「私はわりと体を鍛えてますから遠慮しないでください。夜なのに気温が高いから熱中症でしょうか?救護室にお連れしますね」
「俺も行く。足をクロスにさせて持ってくれ。俺が背中に回る」
「ありがとうございます」
「すまないね…」
初老の男を一人で救護室に連れて行こうとした歳久古だったが。中肉中背の若い男が名乗り出て二人で運ぶ事になった。
「おじいさんちょっと腕動かしますよ」
若い男は、初老の男の両腕を体の前でL字と逆L字に曲げさせた。さらに両脇下から手を入れて初老の男の片腕を両手で掴んだ。
「せーの!」
歳久古と若い男は初老の男を同時に持ち上げ、救護室と書かれた小屋へ運んだ。
「すみません、倒れた方がおられたので診ていただけますか?熱いと仰っています」
「はぁ。見ておくからお前らは帰れや。ジジイはそこに寝かせろ」
厳つい白衣の男の言葉に少し引っかかった歳久古だが。とりあえず若い男と協力して初老の男をベッドへ横たえた。
「治療をよろしくお願いします」
「早く帰れ。バスがなくなるぞ」
ぶっきらぼうに顎で指示する白衣の男。一方、初老の男はベッドに横たえられると、荒い息でありがとう、と小さく呟いて目を閉じた。お大事にと言葉をかけてひんやりとした部屋を出た歳久古と若い男だったが。少しして歳久古は足を止めた
「先に戻ってください」
「俺も不安だから行く。あのおじいさんには弁当の唐揚げを分けてもらったから恩があるんだ」
二人はUターンするとドアを開けた。
「ちょ、ちょっとノックしろよ!」
「熱を計ったりしないんですか?」
「ね、寝かせとけば充分だろ!」
「失礼します。意識はありますか?ハイかイイエで返事してください」
帰支度をしていた白衣の男の静止を振り切り、歳久古は横たわった初老の男の親指の爪を押して離した。色が数秒経っても戻らない。腕の皮膚を押しても中々戻らない。額も手も熱い。一方、体温計を初老の男の脇の下に挟んでいた若い男は体温計を見て叫んだ。
「39℃かよ!」
「返事もない…」
慌てる二人を他所に、白衣の男はあくびしながら答えた。
「何ベタベタ触ってんだ気持ちわりーな。ただ寝てるんじゃねーか?」
「救急車を呼んで下さい。このままだと命に関わります」
「こんな所に呼んでもこねーよ」
「では近くの病院に電話してください」
「めんどくせーな!もう50代前半くらいだろ!薩摩省なら平均寿命だから老衰だ!死んでも構わねーよ!」
「……うちのクソ兄貴より最低だ!もう俺が電話する!貸せ!」
争う若者と白衣の男。一方、歳久古は部屋のクーラーを15度(最低温度)まで下げると鍵を閉め。冷凍庫を確認すると洗面器に水を入れ始めた。
「喧嘩してる場合ではありません!洗面器に氷水を作ってください!それに浸したタオルを裸の体に被せるんです。お願いします!」
「わかった!」
「温度勝手に変えるな!冷蔵庫も開けるなゴラ!…いでぇ…」
歳久古は邪魔しようとする白衣の男の腕を片手で捻り上げ、首にはペン立てにあった先の尖ったハサミを突きつけた。
「病院に電話してください」
「…チッ!」
呼び出し音になった小さな端末を奪い取ると、歳久古は淡々と白衣の男の首にヘッドロックをしつつ救急搬送の依頼をした。電話を切った歳久古はヘッドロックを解いて、白衣の男に丁寧に話した。
「まだ時間がかかるようなので協力してください」
「自分でやれよ!…ウッ」
「そうですか。残念です」
歳久古はヘッドロックを解かれて逃げ出そうとした男の腕を再び捻り上げ、鳩尾を殴り、気絶 させた。さらに。外れた扉のように前のめりに倒れそうになった男をそっと横たえた。さらに。こっそり小型端末もパクった。
「お騒がせしました」
「お、おぉう……」
洗面器の氷水にタオルを浸していた若い男は顔を引つらせたが。すぐ我に帰って初老の男の上半身に冷えたタオルをかけた。歳久古も、別の洗面器に氷水を入れて交換用のタオルを準備した。
「こっちと交互に使ってください」
「おう!」
続いて歳久古は冷蔵庫に入っていたジュースの入ったペットボトルや氷のうで初老の男の脇の下や股下、頭を冷やし、パタパタとうちわで初老の男に風を送った。しばらくして初老の男を無事救急車に引き渡した歳久古は、若い男とバスが待つ駐車場に向かった。
「救急車はお金を取るんですね。払っていただいてありがとうございます」
「俺があのじいさんに恩があるからな。まあラーメン代くらいだから許容範囲だわ。補足すると薩摩省は平均寿命超えたら払う事になってるんだよ」
ええ、と今度は歳久古が目を丸くした。50代前半が平均寿命とは、自分の育った村とは大違いだったからだ。
「助かるといいんですが」
「意識戻ったみたいだから大丈夫だろ。そういえば、お兄さんはどこから来たんだ?失礼だけど、頭の回転は速いのにあまり世間に詳しくないような気がするんだよ」
「すみません、少々お待ちください……はい。無事です。兄上は……良かったです。ええ!…はい、はい…」
歳久古は義久古に連絡を済ませると、当たりを見回してから若い男の質問に答えた。
「お待たせしてすみません。私は島津歳久古と申します。歳久古とお呼びください。ちょっと色々あって詳しい事情は話せないんです。すみません。年齢は23歳です」
「無理に話さなくてもいいよ。同じ歳か。俺は平賀源語。源語って呼んでくれ。普段は本の翻訳の仕事をしてて、ここには兄貴の尻拭いで来てるんだ。まあ実際は兄貴が悪いってわけでもないんだけど普段色々やらかしてるからなぁ。面倒くさいわ」
「……私も少しわかる気がする」
「えっ」
「いや、厳密に言えば事故だし、弟はなんだかんだ言って可愛いし、根は責任感は強いから反省してるのもわかってるし、ヤクザに目をつけられたのは完全に自分の自業自得なんだけど……だけど…」
どこまで話すべきか迷って黙り込む歳久古。源語も暫く黙っていたが。あまり話を突っ込まれたくなさそうな空気を感じて、色々大変なんだな、と話を変えた。
「とにかくここは危険だからさっさと出た方がいいぞ。住民はそこそこ優しいけど、殺傷力は無いもののモデルガンとか麻酔銃は一家に1丁はあるから怒らせるとやばい。本州よりは戦闘民族って感じ」
「ええ…」
「とにかく悪目立ちしないように気をつけろよ。行く宛がないなら歳久古と弟さんくらいなら、仕事と家が見つかるまでウチに来ればいいよ。社交辞令じゃなくてホントに」
歳久古は源語を見た。人懐っこい目が少しだけ次兄の弘に似ていて、なんとなく本心から気遣ってくれているように思えた。
「厚かましいのですが、もし私になにかあったら弟はお願いします」
「わかった!でもなにかないようにしろよ!…話変わるけど、視察にいらした総理は愛想は良かったが必死だったな。五色の箱とか扉って何なんだろな」
歳久古は、どこか愛嬌と知性のある長身の中年男性が高速で頭をペコペコしている姿を思い出した。
『皆さんお願いしますマジ頑張って欲しいアル!宝物…五色の箱か扉を見つけてくれないと、私は皇帝に…。アイヤー!とにかくがんばってくださアァァーい!』
「よくわかりませんが五行研究所?とかいう所の絡みらしいとバスの中で言ってる方がいました。総理には失礼だけど、夏休みの宿題が終わらないで焦る弟を思い出しちゃったなあ」
「俺も英語を手伝わされたわ」
その後も雑談しながら来た道を戻ってバスの駐車場に向かった二人だが。近くまで来た所で歳久古は足を止めた。
「焦げ臭い」
「え?」
「駐車場の方向で何か燃えて…」
「逃げろ!バスが燃えてる!」
甲高い少年のような声が聞こえて、たくさんの男達が慌ててこちらに駆けて来た。
「キレイナランプ!アカルイ!エガカキタイ!ヒノトトリエガカキタイ!」
「ヒノトトリ…って兄上が仰ってたマジキチ干支シリーズなのかな…」
「おい!歳久古逃げるぞ!」
源語は立ち止まる歳久古の手を引いた。しかし歳久古は自分の胸元の鍵が光るのを見て、源語の手をそっと振り払った。
「ちょっとお花を摘んできます。恥ずかしいので追いかけないでくださいね!」
「は?お、おい!!」
歳久古は白衣の男からパクった小型端末の履歴から【消防署】【クソ上司】を探して電話した。
「お願いがあります」
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以下応急処置参考にさせていただきました。
※応急処置をする際は医療従事者の方の指示に従ってください
※私は医療従事者ではなく文章も下手なので
下記のサイト様に目を通していただけると幸いです
htts://www.jrc.or.jp/study/safety/care/
日本赤十字社
Youtube
傷病者の搬送方法
CityOfYokohama
いざというときに自分たちでけが人を搬送するには
伊勢市役所
htts://www.nhk.or.jp/minplus/0012/topic041.html#:~:text=%E6%97%A5%E5%B8%B8%E7%9A%84%E3%81%AA%E7%86%B1%E4%B8%AD%E7%97%87,%E7%9A%84%E3%81%AB%E5%86%B7%E5%8D%B4%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
NHK 熱中症になったら…「アイスバス」「アイスタオル」重症化を防ぐ対策を解説
htts://www.japan-sports.or.jp/medicine/heatstroke/tabid916.html
JSPO
熱中症が疑われる場合の身体冷却法
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