第12話 謎の芸術家

義康が熱中症で病院に搬送された日。川田と家久沙は図書館や街へ向かい、情報収集をしていた。定食屋で薬味だけのシンプルな蕎麦をすすりながら川田は唸った。




「幸い言語も食べ物も衛生環境も大丈夫でおじゃるが、宇宙人大使館が無いのか困ったでおじゃる……難民申請が出来ない。昔、私達の惑星と貿易抗争があったから国交と言うか星交が途絶えているせいでおじゃるか?」




「義康殿には悪いけど、貰ったお金は生活費で消えちゃいそう……。先生、コロッケどうぞ。まだ箸つけてないです」




「えっ、だいじょ」




断ろうとした川田の丼に、家久沙は間髪入れずコロッケを投入した。




「ありがとう、でも私はダイエット中だから気を遣わなくてもいいでおじゃるよ。それにしても宇宙船が故障してしまったのが困ったでおじゃるなぁ…今は夏休みでおじゃるが、学校の勉強が遅れるし出席日数が足りなくなるでおじゃる」




「宇宙船の中でも問題集やらされましたけどね!みんなの監督付きで!宿の隣の部屋の子とも仲良くなったけど…友達に会いたいな……父上や母上にも会いたい…元気かな…」




父や母に会いたい、というのは恥ずかしいから兄上達に言わないで、とちょっと恥ずかしそうに家久沙は頭をかいた。川田はそれを微笑ましく見つめた。




「家族を恋しく思うのは、全然恥ずかしい事ではないでおじゃるよ」


「あ…」




優しいけれど、少し遠い目をする川田。彼は物心付いた時には、謎の本や文様の刻まれた水晶等一緒に児童養護施設に捨てられていたと聞いた事がある。家久沙はそれを思い出し慌てて言った。




「せ、先生も家族だから!」


「……コロッケもだけど、そういう、思い遣りのある所は家久殿の美点でおじゃるよ。食べ終わったら細河忠興先生の陶芸展に行くでおじゃる。現在は防人庁にお勤めの文武両道の多才な方だそうでおじゃるよ……あ、良く噛みなさい」




———ご飯を食べ終わった二人は、日曜午後の百貨店催事場に向かった。そこは白壁も相まって、まるで廃病院のように静かで真っ白な寒々とした景色だった。人の気配もない。BGMも何処か不気味な音がする。躊躇して後退りする二人だが。威圧感がある若い警備員と目があってしまった。




「こ、こんにちは……」


「こ、こにちわ、ち、チケットはこちらでありまする」


「……いらっしゃいませ」




入口でチケットを警備員に渡して挨拶し、芳名帳に記入すると、二人は室内に入って小声で話した。




(警備員さん怖いけどめっちゃイケメンでしたね。歳久古兄上とジャンル違う感じのクールビューティー系)


(そうでおじゃるな。それにしても、不気味な空気を感じるでおじゃる)




身震いする川田に、家久沙はニヤニヤしながら言った。




(幽霊が出そうですね!)


(ほ、細河先生は生きてるから…)


(生霊もいますよ)


(やめて欲しいでおじゃる!)




家久沙は怯える川田を笑いながら歩いていたが、一瞬ピクッとして立ち止まって小声で言った。




(やっぱ変です。先生のおっしゃる通りです)


(催事場から出てもいいでおじゃるか?)


(はい)




Uターンしようとした二人だったが。警備員に入口のドアをバタンと閉められてしまった。




「ええー!」


「お客様が最終入場ですので。ごゆっくり全ての作品をご覧ください」




まだ最終入場の時間ではないはず、と狼狽えた二人だったが。警備員に睨まれてとりあえず作品を見て回りながら出口を目指す事にした。【始】とデカデカと書かれた立派な書を見て川田は、おお!と感心の声を出した




「何と美しく雄々しい書画でおじゃるか!まるで初陣を迎える凛々しき若武者のようでおじゃるよ!じっくり見れそうで良かった!」


「人がいないですからゆっくり見れますね。旅館でタダ券配りまくってたのは余ってたのかな」


「し、失礼でおじゃるよ!」


「すみません!」




家久沙は改めて書を丁寧に見た。




「ここまで上手い人初めて見たかも!」


「私もでおじゃる。ここまでは難しいとしても、家久沙殿も字は丁寧に書くでおじゃるよ」


「はーい」




その後、二人は細河が焼いたという数々の作品を見た。




「綺麗だけどなんかつまんないです」


「ちょ!また失礼な事を」




家久沙は花瓶に顔を近づけてじっくり見ながら言った。




「だって火をイメージしたからって花瓶に火火火って書いてくのはどうなんでしょう。というか花瓶なのに火をイメージなんだ。よくわかんないです」


「あっ、顔を近付けすぎでおじゃる。離れなさい」


「……くしゅん」


「アアアア!か、花瓶が!私が拭くでおじゃるから触っちゃ」


「大丈夫ですよ自分でやります!」




家久沙は直ぐに花瓶に付いた鼻水を拭いたが。持った部分がポロリと取れた。




「あ」




背中に重く暗く刺すような空気を感じた二人が恐る恐るゆっくりと振り返ると。先程の警備員がいた。彼は白い顔に青筋を立て。血走った目をカッ開いて光速で飛んで来た。




「何が神児島県島津村ダッ!ウソの住所を書きおって!作品を傷付ける事はッ!作者の体を傷付けると同じッ!お前達ただではすません!」




ドリルで金属を削るような金切り声を発し。奇麗なフォームで警棒を振り回す警備員。直ちに二人は土下座した。




「も、申し訳ありません!タダ働きでも何でも犯罪以外ならいたしまする!」


「俺が壊しました!申し訳ありません!俺が働きます!」




真っ青な顔でひたすら平身低頭し許しを乞い続ける二人。警備員は警棒をパキッと折って血文字を音声変換したようにおどろおどろしく告げた。




「それ程反省しているならチャンスをやろう。お前達が俺に勝ったら無罪放免で許してやる。負けたら半年間うちの工房でタダ働きだ。1つは華道。2つ目は陶芸。3つ目は書道。どれで戦うか選ばせてやる。1分で決めろ」




川田は顎に手をかけて思案した。一番安全なのは何か。華道は剣山で殴り殺されるかもしれない。草の弦で絞め殺されるかもしれない。花で毒殺されるかもしれない。陶芸は竈にぶち込まれて焼き殺されるかもしれない。ろくろに載せられて拷問されるかもしれない。もしくは。




「お前は地球の失敗作ダァァァーッ!」




と焼き物を壊すハンマーで殴り殺されるかもしれない。




「……書道でお願いしまする」


「宜しい。書道デスマッチだ」




家久沙と川田は思わず白目を剥いて見つめ合った。




「お前らに勝ち目は無いだろうがな」




フフン、と細く高く綺麗な鼻で笑う男へ、川田は進み出て頭を下げた。




「チャンスをくださってありがとうございまする!私が受けて立ちます。負けたら私だけ労働という事でお願いしまする。家久沙君には手を出さないとお約束くだされ」


「せ、先生!俺がやったんだから!俺がするのが道理だよ!……細河先生!俺が勝負します!」


「な、名乗ってもいないのに何故私の正体が……」




ブツブツ言う細河を無視して川田は首を振った。




「児童労働はこの国でもアウトでおじゃる。被害者である細河先生の評判を落としてしまうでおじゃるよ。それに他人が痛い目に遭わないと君は反省しない。私も止められなかったから同罪だけどね」




川田の目も口調も厳しいというより、丁寧に諭すという感じだったが。それが逆に家久沙の罪悪感を増幅させた。




「先生にも迷惑かけてごめんなさい……」




背中を丸めてしょんぼりと項垂れる家久沙を横目で見ると、男はやれやれ、と肩をすくめた。




「甘やかしすぎではないか?まあ私の書を理解したお前の見識に免じて、約束は守ろう。私に来い」


「会場はいいんですか?」


「…芳名帳を見ただろう…」




細河は哀しみを含んだ小さな声で呟いた。心なしか、彼の長いまつ毛も悲しみに染まったように見える。日曜だというのに芳名帳はまだ1ページ目だった事を思い出した二人は、空気を読んで黙った。




「ちょっと待っていろ。逃げるんじゃないぞ」


「はい。生霊飛ばされるから逃げられませんし」


「人を化け物みたいに言うなッ!」




声は怒鳴りつつもドアは丁寧にそっとしめる細河。彼は控室で着物と袴姿に着替えて何処かへ電話した。そして自身が呼んだ車に川田と家久沙を伴い、謎の施設に向かった。。車内のテレビに緊急ニュースが入ってくる。




「また酉と卯の化け物が宝石店で空き巣か!全く近頃の酉も卯も何をやっている!」




呼び出しを食らうかもしれない、と細河は溜息を吐いた。宝石……うさぎ……川田と家久沙はハッとして一瞬だけ目を合わせた。それを細河は目敏く見ていた。




「何か知っているのか?」


「はい」


「ァァア」




思わず声が裏返る川田をスルーして、家久沙は自分の知ってる情報をベラベラ話し始めた。




「うちの家宝の刀が、辛卯…宝石のうさぎと関わりがあると聞いたので。今、リュックに入ってますが見ますか?」




家久沙はリュックごと渡したが、細河は自分で出せとつっかえして来た。家久沙は刀を出すと細河に見せた。




「お、おおお……こ、これは宇宙切子ではないか……まるでホワイトダイヤモンドを彫刻したかの様だ…」




半透明な白い宝石は、中に虹を閉じ込めたようにキラキラ光り。日の国古来の七宝文様…円が重なり合って出来た四弁の花模様の彫刻が施されていた。






「冬の女神が舞い降りて希望を小さな小さな星に変えてそっと家々に振りまいている。そんな情景が私には見える」


「うーん解釈が独特で意味わかんないです」


「まあイマジネーションが働くくらい綺麗でおじゃるな」


「忠興様は芸術家肌で感受性がぼうそ…豊かな方ですから気にしないでください」


「あーわかります。そう言う人いますよね」


「黙れッ!運転に集中しろッ!」




細河は運転手に逆ギレすると、艷やかな黒曜石のように目をキラキラさせてスマホを構えた。




「強い光で傷んだりしないか?写真を撮っても良いか?」


「大丈夫ですよ」




細河は刀にブツブツ話しかけながら写真を撮り始めた。




「これ欲しいな……買い取らせてくれたらお前達を解放してやる」


「ま、待ってくだされこれは島津家家宝でおじゃる!」




慌てて間に入る川田を他所に細河と家久沙は価格交渉に入ってしまった。




「最新式で優良メーカーの新品の宇宙船を買えるくらいの値段を払ってくれるなら!兄上達を泣き落として見せますよ!」


「1100万にまけてくれ!」


「それじゃ買えないでしょう。未成年を騙して恥ずかしくないんですか。金持ちなのに」


「……悪かった」




恥ずかしそうに目を逸らす細河の肩を、家久沙は優しく叩いた。




「まあ。誰でも間違いはあります。気にしないでください」


「ん、お、おう……どうも…」


「ちょ、家久沙殿!悪いのは元はこっちでおじゃるよ!」


「……ふざけるなッ!悪魔の様なクソ餓鬼め!」




こうして細河をさらに怒らせた二人は目的地まで連行された。




「ここだ」




【五行研究所】




運転手に挨拶して車から降りた二人は、そびえ立つ大きな建物を見上げた。


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