第10話 最神一族

寺の近くに白黒の細長い石が規則的に並ぶ墓地の一角で。義康はうつ伏せになって隠れながら、墓の前で手を合わせる父、妹、弟を見ていた。


(つい訓練中の癖が出てしまった)


苦笑いする義康だったが。なんとなく白いダンボールを被って腹這いのまま方向転換すると、父達を離れた場所で監視する黒服の男達2人が視界に入った。線香の残骸のような灰色の空からは雨がザアザア横殴りに降ってきて、義康は目を細めた。


(SPさんは去年の方達とは違うな。目の下の傷……)


義康は思わず声が出そうになった。義康の命を狙っていた男の手紙にあった《義光の命を狙う男》がいたのだ。さらに。去年は墓参りをする義康達からちょっと離れた場所に2人だけだったが。今年は出入り口に2人が追加されて計4人いる。ちなみに義康は墓地を囲う緑の植木の切れ目……ギリギリ一人通れるくらいから入ってきた。


(とりあえず私は気付かれていないらしい)


義康は思考を巡らせた。出入り口の2人が自分に気付かなかったのは後から来たからなのか、出入り口の2人はどうして父上達の方を見ているのか、と。


(ん?あれは)


義康は息を呑んだ。出入り口には日本の総理大臣・徐幸の屋敷で花瓶を割った男がいたのだ。私が庇う事を見越してわざと割ったのかもしれない……そう思った義康は自分の浅はかさに後悔した。家親と駒が月命日に帰って来る事も想定すべきだった、厚かましくても弘達にも相談すべきだった、と。


(チャンスだ)


弟の家親と妹の駒が水汲み場に向かったのを見て、義康は匍匐前進で近づいた。最初に気がついたのは、黒目がちな大きな目を更に見開いた妹・駒。黒い半袖の礼服を着た彼女は義康を見つめながらゆっくりと近付こうとした。


「お」


感極まった様子で近寄ろうとした駒だが。義康は自分の口に人差し指を立てて、片手でストップの仕草をした。さらに駒とそっくりな弟・家親にも目配せして小声と手話で訴えた。


(逃げろ。植木の切れ目から。里見が狙ってる。父上は私が守る。江口さんか鮭延さん達にも連絡して)


義康は自分が通ってきた植木の切れ目を指さした。思い当たる事があったのか、家親は頷くと足元の鞄の中をいじる振りをしてスマホで義光の側近にLAINを送った。一方、駒は桶に水を注ぎながら義康を見ないで小声で言った。


(モデルガンをお渡しします)

(大丈夫、持ってる)


義康は自分の命を狙った男からもらったリュックにあった、麻酔効果のある弾丸入りモデルガンを持ち出していた。一瞬驚いて目を見開いた駒と家親だが。義康は上体を低くしたまま頭を下げた。


(逃げて救援を呼んで。里見の息がかかっているかもしれないが交番にも。足が速いお前達ならできる)

(やっぱり兄上を置いていけません)

(お兄様も逃げましょう)


泣きそうな家親と駒に義康は大きく首を振った。


(逃げろ。頼む。父上を守るので手一杯だ)


2人は義康を見ずに承知しました、と小さく頷いた。


(無茶はしないでください)


心なしか、家親の声が震えているように聞こえた義康は潤んだ目で微笑んだ。


(家親、最神家を頼む。体に気をつけて。駒も。)


2人は最神一族の他の墓石に水を掛けながらギリギリまで植木の切れ目に近付き。桶を置いて走り出した。出入口付近の二人がそれを追う。


「逃げたか!」

「先まわりし」


隠れていた義康は雨音に紛れて走って二人を追跡。二人が射程距離に入った瞬間にモデルガンを撃った。一人は意識を失い銃も落として倒れたが。もう一人……花瓶の男が義康に気付いて銃を向けた。

 

「世間知らずの……」


鈍い音と同時に花瓶の男は前のめりに倒れた。義康はすかさず男の手を踏み付けて銃を奪った。一方白髪の10代半ば程に見える女性は男の背中に乗り。男の頭に長い銃身の猟銃を思いっきり突きつけた。彼女は赤い虹彩のある三白眼で、じっと男を見つめながら言った。


「カゴに手錠があります」

「ありがとう亀寿さん」 


義康は男に手錠をかけながら言った。


「大通りに行った駒と家親をお願いします。ごめんね」

「御恩は忘れていません。ご武運を」

 

亀寿はペコっと会釈してバイクで去った。一方、義康は男をモデルガンで気絶させると当りを見回した。


「父上は……」

「コイツの命が惜しければ銃を捨ててこっちに来い!」


遠くからの怒声を聞き、義康は素直に銃を放り投げると、両手を上げてゆっくりと近付いていった。躊躇なく短銃の射程範囲に入っていく義康に義光は驚き、口をポカンと開けた。


「逃げられる距離なのに馬鹿なのかい……」

「馬鹿だな!こりゃ跡継ぎ失格だ!あの世で反省しろ!」

「のこのこ死にに来やがった!コイツに殺されかけたのになぁ!心中させてやるから地獄では仲良くしろよ!」 


けたたましい声で嘲笑する二人に義康は訴えた。


「最神家がご迷惑をおかけして、皆様を傷付けて申し訳ありません。私の命は差し上げます!どうか、父上達だけは助けてください!お願いします!」


義康は泣きながら土下座し、義光はそれを見て呆然とした。


『父上を助けてください……』


あの時と同じだ、と義光は思った。


————あれは遠い昔、家族でキャンプに行った時だった。川で遊泳中の義光は足が攣って溺れてしまった。


『義光さん!』

『父上!』


家親と駒は助けを呼びに行き、義光の妻・妙子はロープやペットボトルやらを投げたが。義光には届かなかった。思わず飛び込もうとした妙子の腕を、準備運動が終わった義康が掴んだ。


『泳げない母上では2次被害になります。おまかせください』

『ま、まちなさ』


義康は川に飛び込むと、バタバタ浮き沈みする義光の後ろに回り込んだ。巻き添えにしたくない、と思った義光は溺れながらも必死に手を振って訴えた。


『く、ぐるな、ぐるな』

『大丈夫!力を抜いてください!』


義康は何とか義光を救出し、妙子や家親と駒が呼んできた大人達に引き渡した。だが。


『父上を助けてください……』


倒れ込んで力尽きた義康はそう言うと、そのまま義光と一緒に搬送された。



—————唾を吐かれ頭をグリグリ踏みにじられる義康を見て、義光は唇を震わせてポツリと涙を落とした。


「馬鹿なのは私もだね……」


義光は目を見開くと自分に銃を突きつけている男のスネを蹴飛ばし。呻く男をぶん投げた。男は義康の母の墓石にぶつかって頭を殴打。白目を剥いて気絶した。


「な、なんなんだ……」

「隙あり!」


頭上が軽くなった義康。彼は自分を足蹴にしていた男が義光を向いた瞬間に体当たり。男は誰もいない空間に銃を放ちながら地面に叩きつけられた。


「良くやった義康!」


義光は倒れた男の手から拳銃を奪うと、男の頭に突きつけた。義康は男の手足をハンカチできつく縛り、鳩尾に一発パンチを入れたが。男が気絶する直前に横を見て薄ら笑いをした事にハッとした。


「父上!」


義康は咄嗟に両手を広げて義光の前に立った。最初に気絶させた筈の男がはゾンビのように真っ青な顔で義康の身体に弾丸を浴びせた。


「にげ……て」


義康は仁王立ちして何発かの弾丸を受け止めたが。服に赤いものが複数滲んで倒れた。


「義康!義康!義康!」


義光は半狂乱になって義康の患部を抑えた。しかし赤い液体は止まらず義康の意識も戻らない。体も非常に熱い。それに生臭い香りまでする。


「きゅうきゆいしやを…」


義光はポケットからスマホを出して、震える赤い手で操作した。彼は妙子助けてくれ……とうわ言を呟きながら、祈るような気持ちで救急車を呼んだ。その間にもゾンビのような男は荒い息でふらつきながら目眩にも耐えて新たに弾を装填して銃を構えた。しかし。


「愚父はドコダァァァ!」


一足先にやって来た水の龍…ズミさんは地鳴りのするような雄叫びをあげ。思わずゾンビ男は振り返った。ズミさんは状況からゾンビ男を愚父…義康を酷い目に遭わせた父親と判断。男が泡を吹いて気絶するまでしっぽでぶん殴り続けた。


「な、なんだこのドラゴン…」

「愚父め!お前などこうしてくれるわ!」


続いて義久古達が駆けつけ、義康に駆け寄った。


「救急車!」

「……呼んだよ。でも道路が混んでいたり呼ぶ人が多くて時間がかかるらしい……妙子は命がけで家親を守ったというのに…私は…」


泣きながら必死に患部を抑える義光。義久古と弘も患部を抑えながら、義康との日々を思い出した。


『私は少食なので、育ち盛りの家久沙殿にもっと食べて欲しいです』

『掃除は好きなんですよ!』

『私は防人大学生なので、ベッドが無くても寝れます!』

『やはり弘殿には勝てませんね。これからもっと腕立て伏せをします』

『この国の言葉は……』


いつも元気でニコニコしていて、自分達を気遣ってくれた……昔弟や母が病院でお世話になったからとボランティアもよくやってくれた…子ども達と遊んでくれた…弘は泣き出し、義久古の目にも涙が滲んだ。しかし我に帰った弘と義久古は首を傾げた。


「あれ?これは血でござるか?何か違うような…というかもう抑えなくても止まってるでござるよ」

「確かに血の匂いではない。海の匂いだ」


義久古と弘は義康の着物を脱がした。弾丸が当たったと思しき場所には、赤潮のような物に溶かされた青い宝石の花びらが散っていた。


「体が熱い事の方が問題でござるよ!湿度が高いから熱中症とか!」

「体を冷やせ!」


もつれるように走り出した義光は鞄から冷たいペットボトルを取り出すと、義康の脇に挟んだ。義久古達は水汲み場で桶に水をくんで義康にかけて、扇子や内輪で仰いだ。ツッチー達も首筋や足の付け根等に濡れたハンカチを当てたりした。そこへ、警察官達を伴った家親達が戻って来た。


「これは一刻を争うかもしれません」


義康の体が熱く意識も戻らないのを見た警察官は、パトカーで目と鼻の先の救急病院に運んでくれた。一方、義久古は救急車に連絡して、代わりに頭を打って気絶している男の搬送を依頼した。


「義康殿、今更反省した愚父の為にも死んではならぬ……」


ズミさんの言葉に義久古達は頷くと、病院を目指した。


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