第9話 義康、行方不明になる

夏の陽射しを背に受けながら、義康達は河原でキャンプをしていた。




『義康は焼きそば名人だねぇ』




義康に似た、整った薄顔の男は温かい目で少年を見守っていた。




『よく家事を手伝ってくれるんですよ。三人とも』




器を出しながら、目が大きな美しい女性は優しい笑顔で続けた。




『義光さんがやっと休暇が取れたから、食べさせたかったのよね』


『はい!』




義康が元気良く返事をする中、小学生くらいの目がパッチリしたかわいい女の子が、クーラーボックスから飲み物を取り出した。




『だから焼きそばばっか食べててちょっとあきたの!でもお兄ちゃんがんばってたからいいよ!』


『付き合わせてごめんな』




苦笑い半分申し訳無さ半分の義康に、女の子とそっくりな可愛らしい男の子は義康の額の汗を軽く拭きながら言った。




『お姉ちゃんが一番食べてたけどね。美味しかったし僕は飽きなかったよ。たまに具材替えたりしてくれたから』


『ありがとう家親』




ニコッと愛らしく微笑んだ家親は、義康達が焼きそば等を盛り付けたりしている間にクーラーボックスから鮭を取り出した。




『家親は気が利くねぇ』




この日一番の笑顔を義光は見せた。




———————目が覚めた義康は目に涙を溜めていた。脳裏に在りし日々の家族、事情を話しても自分を神輿のように担いでまで引き止めてくれた漁師達が脳裏に浮かんだ。




「…私は結局甘えてしまった…申し訳ない」


「根拠は無いけど大丈夫でござるよ」




えっ、と声がした方を振り向くと。弘がタオルケットもかけずに大の字になって寝息をたてていた。義康は弘にそっとタオルケットをかけ直すと、部屋の時計を見た。もう午後である。ちゃぶ台には【ゆっくり休んでください】【部屋から出ないで休んでね】【お腹が空いたら食堂においで】等と書かれた漁師達からの手紙等があった。




「ありがとうございます」




義康はそう心で唱えて小さく手を合わせた。そんな彼の目に、自分の命を狙った男から借りたリュックが写った。拳銃は海に落っことしてしまったから後で弁償するとして…とりあえずリュックは返さなきゃ、と思った義康だが。リュックの下にメモが挟まっている事に気がついた。




【このリュックはプレゼントだ。中を開けて欲しい】




義康がリュックをそっと開けると、中には手紙が入っていた。その手紙に記されていたのは。彼の苦悩であった。




【最神のやり方には納得出来ない。華花人優遇も薩摩省事件を忘れたのかと問いたくなる。だが山形省の借金が返済できたのも、災害時に最神達が寝る間も惜しんで奮闘していたのも確かだ。亡くなった家長の死因も、飲酒運転の事故に巻き込まれせいなのも理解している。現にうちの一族にも復讐を思いとどまるよう主張していた者達はいた。だが奴らに始末された】




そこに記された名前に義康は息を呑んだ。花瓶を割って義康に庇われた者、さらに父が重用してきた者の名前と現在使われている偽名があったからだ。家親は海外名門校に留学中、駒はセキュリティが国でトップクラスに充実した学生寮しかも他県、そしてターゲットは自分と父だろうから大丈夫だとして……父上は危ない…青ざめた義康の心を読むかのように、手紙は続いた。




【漁師の皆様のおっしゃる通り、絶対に部屋を飛び出すな。船長さんが新潟省の知り合いの宇佐実警察官に電話してくれたから、義康君は起きたらこの手紙とリュックを持って島津さんと一緒に新潟省新潟市の新潟署に行きなさい。俺は新潟省の警察に出頭する。なんの罪もない君を傷付け、殺害しようとした罪を償う。大変申し訳ない】




「他の省の警察に……」




義康は山形省の警察のトップの名字と、飲酒運転の被疑者が尋問で死にかけたという漁師達の世間話も思い出して頭を抱えた。




「山形省の警察はあの一族の息がかかっているかもしれない……万が一この場所がバレて襲撃されたら、警察は頼りにならず漁師の皆様やご家族の方達、近隣住民の方も弘殿も危険な目に遭ってしまうかもしれない…それか公務執行妨害罪に問われるかも…」




そもそも新潟省からではいざとなったら間に合わない。それに父に危機を伝えなくてはならない……そう彼はそう思った。




「申し訳ありません。せっかく守っていただいた皆様を裏切ります」




義康も手紙を書いた。




———午後の黄色みを帯びた光が部屋に差し込む頃。弘は叩き起こされた。




「…なんで拙者だけゴリラ……」


「弘!弘!起きろ!」




義久古は弘の頬をペシペシ叩き続け、弘は目をショボショボさせながらふがふが答えた。




「…むぅかし、むかし、義弘は、姪っ子亀寿に……」


「だめだこりゃ!」




呆れ顔のツッチーに頷いた義久古は、彼から貰った法螺貝を吹いた。その途端弘は目をパチッと開けた。




「おはようございます兄上!無事でござったか!」


「おはよう。義康殿が居なくなった」


「……まママママジでござるか!」




借りていた寝間着を急いで着替えた弘に、義久古は水の入ったコップを渡した。一方ツッチーは義康の手紙について話した。




「要約すると【リュックを持って他省の警察に駆け込んで下さい】です」


「羊さん始めましてでござる!で、義康殿はいついなくなったでござるか」




ツッチーはペコリと頭を下げて対えた。




「己未、ツッチーとお呼びください!よろしくお願いします!いついなくなったかはわかりません。ところでズミさん……壬辰殿も寝ていますね。水でもかけてやりましょう」




ズミさんにポットの水をかけ続けるツッチーを義久と弘は止めた。




「畳が濡れる」


「な、なにを!ズミ殿は昨日拙者を乗せて走り回った上、体力の限界まで見張りをしてくれたから休ませたいでござる!」


「水を手っ取り早く補給するにはこれが最適解です。それにこのPTはズミさんが居ないとバカしかいません!」


「そんな事言ったって過労死したらどうするでござるか!」




揉める一人と一匹を他所に義久古はズミさんの体をそっと拭きながら眉をしかめた。




「クーラーを点けていただいているから冷えるではないか。……弘、他に干支殿はいらっしゃるか?」


「おられるでござる!」




弘は刀を引き抜いて昨日壬辰に聞いていた呪文を叫んだ。




「壬午降臨!」




ふぁーとあくびをした子供用木馬サイズの小さな午が刀から出てきた。




「あ、あれ小さいでござるな」


「よぉ弘!昨日は遊んでくれてサンキュ!…ツッチー久しぶりだゼ!」


「にゃん太郎をありがとうでござるよ」




笑顔で手を振ってトイレに向かう弘。一方ツッチーは面倒くさそうに答えた 




「はぁ、久しぶりですね。みーたん…」


「元気ねぇなぁツッチー!笑った方がヘルシーだゼ?」




みーたんはくるりと振り返ると弘の脱ぎ散らかした浴衣を整える義久古を見た




「俺は壬午!みーたんでいいゼ!あんたは?」


「初めてお目にかかる。私は島津義久古と申す。よろしく頼む」




義久古は一礼すると、ツッチーと部屋を整えた。ちょうど弘が帰ってきて、義久古は弘に義康が行きそうな場所を尋ねた。




「埼玉省の捜査隊の方が漁師の皆様達に聞き込みをしてくださっているが、弘も心当たりがないか?今日は日曜だから自宅へ向かったのだろうか?」


「……いや、来週の月命日が平日であるから、愚父が義康殿の御母堂の墓参りへ行く可能性もある。義康殿が寝言で来週は月命日だと言っていた」




義久古達が振り返ると血走った目で震えるズミさんが居た。




「思い込みが激しく人の話を聞かず自己完結型の困った若者ではあるが……こんな親孝行の若者をムザムザ殺させて成るものか!愚父よ首を洗って待っておれッ!」


「あっやば」


「マジギレだワ」




ツッチーとみーたんは目を合わせ、ズミさんは手にグッと力を込めて叫んだ。




「皆の者!殴り込みに参るぞ!義康殿を愚かな逆恨みの輩や愚父の魔の手から救うのだ!」


「チェストー!」


「……ウォォーッ!」




ズミさん、そしてノリの良い弘とみーたんは元気に叫んだ。


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