遠つ国の男が仏像を彫り歌を詠むこと
右大臣の息子の
いつもなら苦手なりになんとかしているが、今回は違う。父の政敵の公達から『時保殿の歌を楽しみにしております』と嫌味を言われては捨て置けない。
なんとしてでもなんとかしなくてはと決意を持って、細い川沿いにある庵の庭へ勝手に入った。
「よお」
「よお」
仏像を彫っている円白が目をあげずに返事をした。
「酒を持ってきた」
「ああ」
勝手知ったる他人の家で盆と盃を用意し、縁側に座る。円白も手を止めて隣に座り、暮れかかる空の白い月を眺めて「ああ、しみじみと良い月だ」と呟いた。時保はそれをまじまじ眺め、円白に問いかける。
「以前から思ってたのだが『しみじみ』と『良い月』は関係ないよな? 『良い月』の『良い』ってなんだ? 丸みか? 色か? 明るさが丁度いいのか?」
「……時保、以前より思っていたのだが、お前はもののあはれが解らぬよな」
「もののあはれくらい解るわ。腹が減って切ない、みたいなことだろう」
「そういった心持ちになって何を想うかというような、なにかを」
「腹が減ったは腹が減っただろう?」
「……まあ、そうだが」
話が通じないので円白は口を閉じ、酒を飲んだ。
「あはれは解るが、歌がどうにも苦手でな。大納言殿の歌会に招かれたのだが、お前も一緒にいかないか? 俺の歌を考えてくれ」
「世を捨てた身だ」
「そんなこと言わずに、…………うぇぁ?」
縁側から見える、暮れきらぬ朱の色を映す川から異様な風体の生き物が現れた。黒々した人間のような体で、顔の下から出た黄色の角が頭まで伸びている。
「エ、エ、円白、あ、あやかしだ、あ、古川に出た、河童というやつだろっ、円白、調伏、調伏してくれっ、はやくっ」
時保が着物を引っ張っても円白は動かない。
「ちーっす」
「よお」
妖がなにやら話しかけ、円白もそれに応える。
「な、なんだっ、円白っ、なんなんだっ」
「落ち着け時保。こいつは妖ではない」
そう言われ、妖を見たら人間の顔になっていた。ギラギラ光るものと角は足下に置かれている。
「ちっす。エンハクさんのダチっすか?
「な、何者だ? どこからきた?」
「あー、なんか地元の海で潜ってたんすよ。そしたらピアス落っことしちゃって、ヤベってなって探してたら潮に流されて。で、気付いたらココ、みたいな」
「海からきたのか」
「そうらしい。深い海の底に人ならざる者が住むと言うだろう。その足の道具もそういったものではないかと考えている」
「道具?」
見ると妖が黒いヒレを外し、そこから人間の足が出てきた。驚いて目を離せずにいる時保の前で、水がしたたる黒い皮を脱いだ妖は人間の男に変わる。いつのまに持ってきたのか、円白が男に着物を渡した。
「いくところがないらしくてな、共に暮らしているのだ。奴は面白い仏像を彫るぞ」
「へ?」
「あ、見ます?」
着物を着た男は部屋の隅にあった仏像を持って、時保へ差し出した。仏像というか、顔だった。目が落ちくぼんだ四角い顔。
「どうっすか? モアイ。マジ激似でしょ? でかいの作ったら映えスポットになってバズると思うんすよ。モアイ、マジ有名じゃないすか。田舎の渋谷みたいな感じでいけるって踏んでるんすけど~」
熱心に話しているが里言葉が酷すぎて時保には理解できない。
「円白、奴はなんと言っている?」
「たぶん、故郷の神像を作って祀りたいのだと思う」
「神職か。熱心だな」
男の話を聞き流しながら神像を眺めていた時保は、ふとここにきた用事を思い出した。
「だから、歌会にきてくれ。得意だろ」
「断る」
「うた? えっ、エンハクさんライヴするんすか? マジパネェ。俺もラップはいけるんスよ。ラップバトルで結構イイトコまでいって。Hey Yo!」
話に割り込んだ男が嬉しそうに歌を口ずさむのを、時保は疑わしい目で見た。
「お前も歌が詠めるのか? その場でだぞ?」
「即興マジ得意っす」
「得意……、では何か歌を、いや、まずは俺が手本をしよう」
うむ、円白とこの男に俺がもののあはれが解る男だと教えねばなるまい。
「天の原 ふりさけ見れば春日なる 大江の山に出でし月かも」
「お~、山に出てる月。激エモっすね。他はわかんないけど、マジ良いっすよ」
男が親指を立てて見せた。男の国で褒めるときの風習なのだろう。褒められて悪い気はしない時保は得意気に円白へ向き直る。
「どうだ円白? 本歌取りだぞ」
「山の名前変えただけで本歌取りになるわけないだろう」
「くっ、細かいことを」
こいつはいつも俺の歌に文句をつけるのだ。
悔しがる時保に構わず円白は男に話しを向け、それにここぞと立ち上がった男は腕をくねらせた。
「Hey Yo! 輝く月夜 君と見る お山の月Yo! マジイイYo!」
男が踊りながら披露した歌に、時保は驚いた。聞いたことのない旋律、聞いたことのない新しさに胸が震える。
「いいな! とてもいい! 独特で趣きがある」
「あるか?」
「円白にはわからんか! お前は頭が固いからなぁ、この新しい珍奇な歌はわかるまい」
時保は小鼻を膨らませ、ここぞとばかりに言い返した。円白でもおいそれとわからぬ新進気鋭の歌、……もしや、都中の耳目を集められる? あはれを解さぬと言われるこの俺が。
「妖っ! 俺と一緒に歌会に行こう! 里言葉を直せば歌会でも十分通じる」
「ラップバトルっすか? イイっすね!」
「時保、歌会へ勝手に連れていけないだろう」
「親類とでも言うさ。そうと決まれば着物も仕立てなきゃならん。うちに帰るぞっ」
時保は男を連れ、意気揚々と引き上げていった。
その後、歌会にあらわれた男の珍奇な歌が都で話題となり、公家から庶民まで広まった。都の外れの侘しい庵は、男が彫った神像を祀るパワースポットになったとか、なってないとか。
使用したお題:「永遠」「河童」「うた」「日本酒」「モアイ像」「ピアス」「深海」《和歌or俳句の使用》
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