キャトルミューティレーションされた友人について

「キャトルミューティレーションされたのっ」

 勢いよくやってきたサトミは、そう口走った。学食で鍋焼きうどんを啜っていた私の隣へ座り、胸の前でグーにした両手を振っている。彼女いわく、驚きを可愛く表現するポーズらしい。

「UFOに攫われてっ。UFOだよ、未確認飛行物体っ」

 UFOをやけに強調しつつ、離れた席で雑談しているオカルト研究会グループをチラッと見る。

 そういや、オカルト研究会の男がカッコいい、とか言ってたっけ。気を引きたいってことか。でも無理っぽい。サトミ渾身の芝居は気にされず、というか気づいてもない。それが悔しいのか、より気合の入った顔になった。

「それでっ、気付いたらUFOの中にいてっ」

「中に?」

「中にっ」

「存在を確認できたら未確認じゃないんじゃない?」

「え、えっと、……素材とかよくわかんないし、だから未確認でいいのっ。それでねっ」

 横やりは無視か。見上げた芝居根性。

「宇宙人がいたのっ。モアイ顔で銀色の宇宙人がっ、オーパーツで私を手術したのっ。キャトりゅみーティレーション! あれよあれっ」

 噛んだけど言い切った。昨日買ってたオカルト雑誌の記事を手当たり次第に盛り付けた感。

「たぶん、なんか埋められたんだと思う。河童のミイラは宇宙人が作ったって話だし、私もミイラになっちゃうかもっ。ねっねっ、ヨーコちゃん、どうしようっ」

 勢いと気合は買うけどそれだけだなーと、うどんを啜ってたら肩を揺すられる。口に入る直前のうどんから汁が跳ね、サトミのフリルな丸襟に茶色いシミが。

「ああーーーー私のPIMKHOUSEにっっ。ヨーコちゃん酷いっ」

 さっきよりも数段大きい叫びで、お目当ての連中がこっちを振り向いた。それに気づかないサトミ。残念。

「おかーさんにお願いしてやっと買ってもらったのにーーーー」

「あんたが揺するからでしょ。すぐ洗えば落ちるって」

「ヨーコちゃんのバカバカバカっ」

 サトミは捨て台詞を残して走り去る。なので、オカルト研究会の男と女が肩をぶつけ合って視線を絡ませてる光景は見ずにすんだ。

 まあ、後で私が教えたけど。


 ***


「――ってこと、あったよね」

「昔のこと言うなんて年寄りのすることよ、ヨーコちゃん」

「今思い出してもおかしい。なに、ミイラになるかもって」

「勢いだけで喋ったからねー。自分でも何言ってるかわかんないわ」

 顔をベールで覆ったサトミは、大げさに肩をすくめた。ちょっと芝居じみてるけど、占い師の衣装には合ってる、気がする、かも。

 サトミはミイラにならずに占い師になり、『占いの館』というビルの3階に店を持った。黒の暗幕が垂れさがる狭い部屋でタロット占いをしてる。評判は知らないけど、大抵すいてるから推して知るべし。

「もうどうでもいいじゃん。そんなことより占いしよー。なに占う? 健康?」

「特にない」

「えーーーつまんない。じゃあ、テキトーにヨーコちゃんの恋愛でも」

「余計なお世話。ヒマそうだし、仕事運でも占えば?」

「痛いトコつくね。リピーターはいるんだけど、新規さんがなかなかねー。誰か紹介してよ」

 そう言って渡された名刺には、月に座る黒猫のイラストと『タロットカード占い うた』という芸名が書いてあった。

「お前の歌に惚れたから、『うた』がいいんじゃないかって彼がー」とクネクネしながらつけた芸名だ。ちなみに、そのヒモの浮気で3ヵ月もたずに別れた。

「変えてないんだ」

「名前変えないほうが仕事運よかったのよねー。一応、自分でも『アゲハ』とか『ミーニャ』とか考えたんだけど」

「なに『ミーニャ』って。ババアにはきつすぎるでしょ」

「まだババアじゃないわよ。私がババアならヨーコちゃんだってババアじゃない」

「まあ、あと何年かで赤いちゃんちゃんこが」

「やめてやめてやめてーーーー、聞きたくない」

 両手で耳を塞いで叫んだ。昔から動作がいちいち大げさなんだよねぇ。サトミはぶつぶつ文句を言いながらタロットカードをシャッフルし始める。

「何占うの? 自分の結婚?」

「私はね、結婚できないの。無理って結果しかでないの。どんな占いでもぜーんぶ、無理だから諦めろって言われるの」

「そういや、結婚するってなった相手、結婚詐欺師だったよね」

「あんのヤロウ、思い出すだけで腹立つ。私の乙女心を弄びやがって」

「乙女どころか40過ぎてなかった? そんなにしたいなら、浮気我慢して一回くらい結婚してみてもよかったんじゃない?」

「無理。浮気は処刑派だから。私がほしいのは、私への永遠の愛なの」

 喋りながら三つの山にしたカードを慣れた手つきでペラリペラリめくる。職人の洗練された動作に見入りつつ、「無理難題じゃない」とツッコミ。

「あーもう、いーのいーの。今世は諦めたから。その代わり、ほら見て、永遠の友情があるわけ」

「なに?」

「それぞれ過去・現在・未来をあらわしてるんだけど、未来のカードが『世界』。これは完全な調和、パーフェクト、永遠って意味なの」

 目の前で『世界』のカードをピラピラ揺らした。

「つまり、ヨーコちゃんと私の友情は永遠ってこと」

 サトミがニッコリ笑い、頬に人差し指を当てて首をかしげた。

「う」

 大学時代によく見たウザイぶりっこポーズ。30年の時を越えて目の前にした動揺に声が。

「ちょっと、どーいうことよ」

「悪い悪い。友情を祝いに、そろそろ飲みに行こ。終わる時間でしょ?」

 じとりと睨らんでくるので話を逸らしたら、肩をがっちり掴まれた。

「誤魔化したね? 飲みながらじっくり話そうじゃないの」

「飲みすぎないでよ。こないだ日本酒と焼酎ちゃんぽんしてフラフラんなって、タクシーで家まで送るの大変だったんだから」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」

 そう言って店じまいをした占い師は、私の肩を揺さぶって絡み酒をする。またタクシーで送らなきゃいけないかもなーとため息をついた。こういうの、永遠の友情じゃなくて腐れ縁じゃない?




使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」

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