短編集(第1回 #匿名闇鍋バトル 参加作品)
三葉さけ
拾ったら最期まで面倒みなきゃ
夜釣りに行きたいなぁ、なんて気になったので車で出かけた。コンビニで夜食を買い、道路わきに駐車して川辺に降りる。水音が響く黒い川にルアーをつけた糸をヒュンと飛ばした。
遠くの街灯とランタンの明かりが届かない向こう岸は真っ暗。いつかお化けとかそんなのが出てくる、いつか川へ落ちて溺れる、って気がしてる。夜の川のそんな感じが落ち着かなくて、なのに擦り切れると妙にそれを味わいたくて、糸の先の黒い川を眺めた。
視界の端で水が跳ね、ぼんやりしてた焦点が合う。黒いものが動いてる。魚? っぽくはない……、何……?
急に寒さを感じて鳥肌が立った。釣竿を握り締めて水しぶきを凝視していたら、ぐわっと手が出て
え、なに、え、なに、え
派手な水しぶきと思ったら人が立ち上がった。こっちに歩いてくる。
え、あ、ああ、ええ?
「釣りしてんのー?」
怪異みたいな男は、すごく普通にそう言った。張り付いた髪をかき上げて見えた顔も普通。
「なんか釣れた? あ、まだだ。来たばっか?」
フリーズして動けない俺に近づいてクーラーボックスを覗き、普通に笑う。お化けじゃないっぽい。普通の人っぽい。なにそれこわい。普通の人は冬の夜に服のまま川に入らないと思う。普通じゃないのに普通って怖すぎるんだけど。
ぶっうぇっくしょいっ
普通じゃない男は普通に汚いクシャミをして鼻をすすった。
「っはー、さみ。焚火は?」
「へっ、え、ない、けど」
焚火なんかしないよ。キャンプでだってしない。
「あの、なに、してんの?」
「なにって、川で……泳ぐ、のは、カッパ? 河童だよね、川にいるの。オレ、河童」
何言ってんの? と口からは出なかった。わけわかんなすぎて。
ぶっうぇっくしょいっ
またクシャミ。
すごくガタガタしてる。こんなに震えてる人見たことない。冬に水浸しなんだからそりゃ寒い。可哀想になったので、車からタオルともしものための着替えを持ってきて男に渡した。「マジ、いいの?」と歯の根の合わない笑顔で服を脱ぎ出す。躊躇ないのな。裸の男から顔を背け、温めたほうがいいだろうと思ったので、また車からアウトドア用のガスコンロと夜食を持ち出した。ガスコンロに火をつけてアルミ鍋の鍋焼きうどんを乗せると、くたびれたスウェットを着た男がタオルで髪を拭きながら覗き込んできた。
「鍋じゃん、いいねいいね」
少しは遠慮しろよ。もしくはありがたがれ、俺の夜食。スウェットだけじゃ寒いから車にいたらと言うと「ここで鍋できるの待つ」と言いはるので、またもや車から野宿用の寝袋を持ってきて貸した。
「寝袋はじめてー」
楽しそうに寝袋に入った男は、ミイラみたいに顔だけ出した。芋虫みたいに丸まってガスの火を眺めながら「あのさー」なんて親し気に話す。
「ホントは河童じゃないんだよね」
「だろうね」
当たり前だろう何を言ってるんだ、この男は。
「オレさー、猫飼ってたんだ。15才の。黒猫。小さい時は真っ黒でツヤツヤだったんだけど年取ったら白髪が混じってさ。それはそれで可愛いんだ。最後はトイレも行けなくて寝たきりで、朝起きたら冷たくなってて」
突然始まった重い話にどうしていいかわからず、ぐつぐつし始めた鍋をひたすら眺める。
「それからなんか、どうでもよくなって。親死んでから、俺とアイツ、ニンジャっていうんだけど、2人だけだったから。ボーっとしてたら会社クビになってるし、アパートも追い出されてさ。あっちにニンジャ埋めたんだ。最後に声かけて、なんかこのまま流されちゃおうかなーってなって」
「……へー、そうなんだ」
ますます重くなってしまい、割りばしでうどんをほぐしながら相槌を打った。切ないけど、ちょうどいい慰めなんか思いつかないし、俺が言っても白々しいだけだし、俺の対人スキルは底辺だし。だいたいなんだよニンジャって。黒いからか?
「でも浮いちゃって。冷たいから顔突っ込むのも嫌でさー流れてたら、釣りしてる人がいて、魚釣れてるのかなー、そういや腹減ったなー、魚食いてーって思っちゃって。まあ、うどんだけど」
俺の夜食に文句言うな。
最後にカラっと笑ったから、ヘタな慰めはいらなそうだなと思った。よかった、言わなくて。
寝袋から腕を出して下半身だけ芋虫になった男は、いただきまーすと元気に言って熱々のうどんを啜った。ものすごく夢中で食べてるから、夜食なくなったけどまあいいかと思う。
これからどうすんだろ。いや、でもさぁ、こんな話聞いたのに、じゃーねーって帰れなくない? 人の心なくない? エサをあげるなら最後まで面倒見なさいって親に言われたし。猫の話だったけど。うどんを食べる男を見ながら、これはもう俺が拾わなきゃいけないなぁと思う。コイツ、家ないし、金ないし、パンツはいてないし。
一縷の望みをかけて友達いるか聞いたら、スマホは水没してて連絡先もわからなかった。諦めて、「家にくる?」って聞いたら、「マジ、いいの?」と少しの遠慮もなく助手席に乗った。
「助かる。トワって呼んで。名前」
「トワ?」
「永遠って書いてトワ」
「……へー」
家に着いたら生臭いトワをシャワーに押し込んだ。疲れたせいか、今後を不安に思う間もなく眠りについた。
朝起きてごはんを食べたら、トワが仕事を探すと言いだしたのでホッとした。人間は猫よりお金かかるからな。よかったよかった。
「オレ、ニンジャになるわ」
「え?」
「良くない? ニンジャ」
猫になんの? と思ってトワが指差すパソコンを見ると、忍者の求人だった。忍者も募集するんだ。すげぇな。
「あ、最初はレッスン料取るって」
「マジか。ニンジャ修行も金かかんだ。こっちのニンジャコスプレのバイトにすっかな」
ニンジャへのこだわりがスゴイ。
そんなこんなで楽しそうに面接に行き、合格してニンジャになった。遠慮のないトワは当たり前のようにそのまま家に住んでいる。まあ、エサあげちゃったから。仕方ないよね。
映えるニンジャ研究に付き合わされるせいで、夜釣りに行くヒマはなくなった。また拾い物したら困るからこれでいいんだと思う。名前呼びに慣れたらもっといいんだけど。
使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」
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