ティトラ・テットと青い星 -16

 リーダイがテントの中に声をかけて、入っていきます。手をぎゅっと握ってくれていました。長様はいつも通り、髪の毛をおだんごに結んで、怒っているみたいな顔をしてらっしゃいます。リーダイがわたしの状況を報告しました。

 長様がため息をついて、わたしの方を見ます。青い目です。


「わかったわ。次の街から出発するタイミングで、その発端の子どもたちは家族ごと違う集まりに移動させます。三人とも、バラバラにね」

「はい。ラジオで連絡が取れる範囲に、五つありますから、この中から選びます。わたしが選んでもいいですか?」

「ええ、お願いするわ。反省してくれたらいいんだけど。親とも後で、わたしが話します。では、テット」

「はい」


 ぴんと背を伸ばします。どうしたって、長様の前は緊張します。


「あなたは、ザレルトが面倒を見るといっていたけど、それでいいのね」

「はい……」

「あなたの決定なら、それでいいのだけど」


 青い目で見られたら、ぜんぶお見通しにされているような気がします。ハルねえさんと似ているかと聞かれたら、そうかなあと首をかしげます。ねえさんも険しい顔をしていることは多いのですが、長様はまた違ったものだと思います。


「わたしは、あなたのことを、ハルがいつか迎えに来るのだと思っていたわ」

「え……、あ、ええと」

「いえ、なんとなくそうだと思っていただけよ。わたしがね」


 リーダイがわたしを見おろしています。誰にも、ハルねえさんが迎えにくることは言ってません。


「まあ、あなたもザレルトもそれでいいというなら、止めることはできないわ。……わたしの力不足で、あなたにいらない苦労をかけたわ。ごめんなさい」

「いえ、あの、その……仕方ないことだと、思います」

「いいえ。わたしの力不足だわ。……ザレルトの家は、海の近くだったわね。リーダイ、そのあたりが出身の人がいないか確認して。いたら、その人間でザレルトたちを送っていくように。いないなら、あなたで人員を決めてくれていいわ」

「はい」

「次の街では、三週間泊まるわ。そのあいだに支度を整えて」

「わかりました。また報告に来ます」


 リーダイがお辞儀をして、くるっと振り返ります。それについて行って、わたしもテントを出ます。明日には街に到着するので、みんなちょっとはしゃいでいます。リーダイが炊事場の方に歩いて行って、作業台の近くの椅子に座るように言います。

 夕飯はもう二時間前くらいに終わっています。後片付けも済んで、がらんとしていました。

 リーダイは、わたしの前でずっとかなしそうな顔をしています。今からのわたしの予定を説明して、なにをしないといけないかも教えてくれます。とはいえ、わたしのすることなんて、荷物をまとめることくらいしかありません。


「わからないことがあったら、教えてね。三週間あるから大丈夫だと思うけど……」

「ううん、大丈夫だと思います。あ、でも、あの……」


 自分の髪の毛をつまみます。金から始まって、赤色で終わる、わたしの髪。知っている人が見たら、旅団の子だとすぐにわかります。


「わたし、この髪のままでは、よくないですか。魔法も使えないし、お勉強も済んでないのに、この髪の毛だったら」

「ああ……いや、べつにいいよ。どっちがいい?」

「どっちでも……」


 身の安全をとるなら、この髪のままでしょう。でも、べつに、どうだっていいとも思います。首にずっとさげているネックレスを触ります。ハルねえさんの持っていたものと似ているのは、どうしてなんでしょう。わかりませんけど。

 いま思えば、レトに聞きたいことはたくさんありました。呼べば来てくれるんでしょうけど。さすがに適当な理由で呼んだら迷惑でしょう。レトにはお役目もあるのですし。

 リーダイが笑いながら、わたしの両手をそっと握ります。


「そのままでいいと思うよ。わたしはね。前の髪の色もかわいくて好きだけど、今もね、よく似合ってる」

「ハルねえさんにも言われました。似合ってるって。……じゃあ、このままでいいです」

「うん。そうしよう。あとは……どうしようかな。誰と一緒に行きたい?」

「誰でも、大丈夫です。ザレルト翁がいいって言う人で」

「もちろんザレルト翁にも聞くけど、テトが、この人がいいって言うなら、その人にするよ。ロジンとか、チオラとか……わたしは、ちょっと、無理かもしれないけど」


 ちょっと首をかしげて考えます。たしかに、ロジンやチオラが一緒だったら、気楽でしょう。このお二人なら、ほかにもうひとりかふたりか着いて来てくれたら、ザレルト翁の病気にも対応しながら、安全に旅ができるでしょう。


「お忙しくなければ、どちらかが着いて来てくれたら、うれしいです。でも、お二人ともお忙しいと思うので」

「うん。大丈夫そうならね」

「あと、ええと……えっと」

「ゆっくりでいいよ。あと三週間あるし。……テト」


 ぎゅうっと手を握られます。うつむいてしまったので、どうしたんだろうと顔をのぞき込みます。青い瞳が大きく波立っていました。


「リーダイ」

「ごめんね。なにもできなかったね」


 ぽたぽたとリーダイの膝にしずくが落ちていきます。


「テトはなんにも悪くなかったよ。今までずっと、一生懸命働いてくれてありがとうね」

「ううん……」

「あなたと旅ができてよかった。テトは誰よりも忍耐強くて、優しくて、だれも嫌がる仕事を黙ってやってくれて、えらかったね。テトとずっと旅をしたかった」


 えへ、と笑います。わたしもなんだか泣けてきてしまいました。


「リーダイ、あのね、わたし、嫌なことばかりじゃなかったです。たのしいこともたくさんでした」

「うん」

「べつに、おわかれってわけじゃないでしょう? 近くに来たら、寄ってくださいね。たくさんお料理します。そうだ、オーブンがあったらいいなあ。大きなお皿も買わないと。あと、ザレルト翁のからだにいいものも毎日作って……たぶん、これからも、たくさん楽しいですね」

「うん。うん、そうだね。そうだよ」


 ぎゅっと抱きしめてくれました。お薬のにおい。リーダイが嗚咽をこぼしているので、あんまり泣かないでほしいと思って、おうちについたらやりたいことを挙げてみます。たのしみです。旅をしない生活なんて、初めてなんですから。

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