ティトラ・テットと青い星 -14


「それじゃあ、なにか用があったの?」

「この馬鹿に渡すものがあっただけ。こんなにびしょぬれになる予定なんてひとつもなかったけど。テト」


 レトを見上げます。まだ濡れて重たそうなのに、もう上着を着ています。わたしの横に座らなかったということは、長居はしないということでした。ズボンのポケットからなにかを出して、わたしに差し出します。

 革のひもにぶら下がった、灰色の石の飾りがついたネックレスでした。形は十字。


「これをぶら下げていたら、ぼくはお前の位置がわかるし、これを強く握ればぼくに知らせが入る。声は届かないけど」

「うん……」

「血を出して」


 上着を止めていたピンを、差し出されました。大人しく受け取ります。


「血、ですか。どのくらい?」

「一滴でいい。中心に垂らして」


 はいとうなずきます。ちょっとだけ怖いので、息を止めて、針先で中指の腹を刺します。両側をぎゅっと押して血を押し出して、十字の真ん中につけます。ぱっと光って、石の飾りぜんぶがあかがね色に変わりました。


「このネックレスがお前以外の人に触られたり、三十分くらいお前の首から離れたりしたら、おれにはわかる」

「うん」

「お前は魔法が使えないから、苦労した」

「うん」

「じゃあ」

「レト」


 両腕を広げます。ずぶぬれだから嫌かもしれないけど。でも。

 わたしたち、いつぶりか覚えている? わかってる?

 このくらいはしてもらわないと、かなしくてもう一度泣いてしまう。

 レトがため息をついて、わたしを軽く抱きしめました。もうこれで濡れちゃったから、なにしてもいいでしょうということにして、ぎゅっと力いっぱい抱きしめます。水の冷たいにおいがします。


「……あのね、元気でしたか?」

「お前よりは」


 レトがぱっと体を離します。ホウキに乗って、すいっと上昇します。しずくが少し落ちてきました。レトが、冷えた目つきで、周りの大人たちを見渡します。


「今日はお役目じゃないから、帰るけど。ぼくはいつでも悪事を隠そうとする人の前に現れるよ。人は助けるより、殺す方が簡単だ」


 ざわっと人の声がしました。向こうから、リーダイと長様が走ってきています。そちらをちらっと見て、レトが大きく首をかしげます。


「まあ、これは、ここに悪いことを隠している人がいるという意味ではないんだけど。悪いことをした人はいるかもね。それをずっと隠すことはできない。はやめに言う方がいい。お役目に、家族の縁なんてものは関係ないけど」

「……レト!」

「こいつは、ぼくのことをいつでも呼び出せるよ。じゃあ、お邪魔しました。永遠に会えないことを祈っていればいいよ」


 ふわっと黒いもやがレトを覆いました。その中に溶けていって、レトはあっという間に立ち去ってしまいました。レト、ともう一度リーダイが名前を呼びます。すぐにわたしの横まで走ってきて、わたしの肩をつかみます。


「レトは、どうして……」

「わたしにご用事があったんです。リーダイ、触ったら濡れちゃいますよ」

「……着替えておいで。そしたら、その服をわたしのところに持っておいで。乾かすから」

「はい」

「チオラ、ロジン。説明して」


 まじめで大人の大事な話しをするときの声色を背中で聞きながら、歩き出します。すぐ着替えて、戻らないといけないでしょう。大人たちの張り詰めた顔に気付かないほど、鈍感ではありません。

 テントに飛び込んだら、おねえさんは二人ともまだ起きていて、ずぶぬれのわたしにびっくりしたようでした。にこっと笑って、気にしないでくださいと言います。大きなタオルをかぶって、その下で着替えて、濡れた髪の毛をざっとぬぐいます。

 もう行かないきゃと出て行こうとしたら、呼び止められました。テントの外はちょっとざわざわしています。もしかしたら、思ったより大事になっているかも。リヨンさんがちょっときょろきょろしてます。


「なにか、あったのかしら。わたし達も行った方がいい?」

「いえ、大丈夫ですよ。ええと……」


 笑います。べつに、わたしにとっては、なにかあったという訳ではないのです。


「兄が、ちょっとわたしの顔を見に来ただけなので!」



          *



 思った通り大事になってしまっていて、たくさん大人たちがわたしに事情を聞きに来ましたし、レトがわたしに会いに来たのも、わたしが溺れたことも、ぜんぶ『大変なこと』という扱いになりました。

 次の日にはロジンのテントに移動することが決まって、子どもたちが集められて、わたしの荷物を漁ったのは誰かと問い詰められました。罪のお柱様の、遣いの方が来たというのが子どもたちの中では怖い話しになったようです。すぐに犯人が出てきました。

 わたしのせいで旅程が半日ずれたので、まあなんとも気まずくて仕方がありませんでした。ザレルト翁の治療もすることができたので、一石二鳥でしたが。

 ザレルト翁は次の街で旅団から離れて、どこかで定住することに決まりました。ちょっぴり涙は出てしまいました。どうしようもないことだとは、わかっていますが。旅団の本隊より先に行って、様子を見るお仕事は、しばらくロジンが代わることに決まりました。

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