ティトラ・テットと青い星 -13
地面に芋虫みたいにはいつくばって、咳き込んで、からだぜんぶ痛いとうめいて、なんとか顔をあげます。なにか声がする。
「この、馬鹿! なにしてんだ!」
だって、と言おうとして、上手に話せませんでした。風がごうごううなっている。たくさん涙が出てきて、うええとえずいて、それでも、ぎゅうっと服をつかみました。なにか怒った調子で言っているのに、小さな手はずっと背中を撫でてくれます。
「……レ、レト、ねえ……」
「だからこんな馬鹿なことした理由を言えって言ってるんだよ、さっきから。馬鹿、この、馬鹿!」
「だって……」
わたしの知らない服を着ている。わたしの知らないホウキが地面に投げ出されていて、わたしの知らない大きな大きな鎌もごろんと横に並んでいました。重たい体を引きずって、レトに抱きつきます。
「だって、レトがいなかったんだもの! わたしひとりでするしかないでしょ!」
「……この、馬鹿」
池の方を見たら、水面にはなにも浮かんでいませんでした。こんな大騒ぎをしてしまったら、当然、あんな小さな缶は沈んでしまったでしょう。あー、とレトがため息をつきます。真っ黒の服と、赤茶色の髪の毛からしずくがぽたぽた落ちています。
「……で、なんでこんなことしたんだって、聞いてるんだけど」
「……わたしの、大事なものを、捨てられちゃって」
「あっそ。それで直接ひとりで池に入ったって? ほんとお前って……」
ぱっとレトが顔をあげます。がさがさと草を踏み分ける音がして、最初に白と金の馬と、その後ろから背の高い影が出てきました。ロジンでした。わたしたちを見て、ぎょっとした顔をします。
「え、わ、ちょっと、なにしてるの」
「この馬鹿が、」
ぐいっと肩を押されて、レトから引きはがされました。レトが立ち上がります。
「池に入って、足滑らして、溺れた」
「ええ? 大丈夫?」
「はい……」
なんでわざわざ押しのける必要があるのって思ったので、レトの腕をぎゅっと抱きしめておきます。もう少し。もう少しだけ。
「体は大丈夫? どうしてそんなことしたの」
「ロジンのくれた、缶、池に捨てられちゃって、それで、」
「どうしておれを呼ばなかったの。危ないってわかってるだろう」
「ラッチュがすぐ連れてきてくれると思って、ちょっとだけなら大丈夫って思って」
「せめて待っていてよ。なんでひとりで入ったの。レトがいなかったらどうなってたと思ってるの!」
んぐ、と喉が鳴ります。涙がいっぱい。だって、だって。わたしだって嫌だったけど、でもすぐに拾わないと沈んでしまいそうで嫌だったんです。ロジンがわたしを抱き上げます。
「……とりあえず戻るよ。レトは……」
「……」
「まあ、一緒に来たら。服乾かさないと風邪ひくよ」
「……べつに」
「でも、来た方がいいね。わかるだろ?」
つんとレトが唇をとんがらせます。どういうことなんだろうとガンガンうなっている頭で考えてみましたが、わかりませんでした。ラッチュの背中に乗せられたので、大人しくまたがって、首元に抱きつきます。
野営地では、もうほとんどの人がテントに戻っているみたいでした。ラッチュの背中から滑り降りて、歩くことにします。またどこかに行こうとしているラッチュの鼻のあたりを撫でます。ありがとうございましたと言ったら、ほっぺたを鼻先でつつかれました。ラッチュの首をとんとんとロジンが叩きます。
「ありがとう、ラッチュ。もう休んでていいよ」
ぶるっとうなって、また木陰の方に行くのを見送りました。ロジンが手を引くのについて行きます。中央のテント近くの、一番大きな焚き火の方に行こうとしているみたいです。大人の人が何人か、周りに座っています。
足音に振り向いたひとたちが、目と口を大きく開きました。
「すみません、火の近くを借りてもいいですか? ちょっとずぶぬれになってしまって」
ロジンがいつも通りみたいな、軽い口調で言いました。誰かが立ち上がったと思ったら、チオラでした。ぱっとテントの中に入っていきます。背中を押されたので、火に一番近いところに座らせてもらいます。
ぱちぱち火の粉が踊ってます。レトも隣に立って、大きな上着を脱いでいます。真っ黒で、裾に刺繍で赤い線が通っています。知らないもの。戻ってきたチオラが、大きなタオルを渡してくれました。
「……ロジン、どうしたの?」
「テトの私物が池に捨てられて、それを拾いに池に入ったらしい。それをレトが助けてくれたって」
「……テト」
ぎゅっと顔が怖くなったチオラが、わたしの顔をのぞき込みます。怒られそう。
「……まあ、ロジンにもう一度叱られてね。あと、明日までに誰のテントに行くか、決めること」
「え……」
「こんな危ないことする子をひとりにはさせません」
「……はあい」
それを言われたら、あんまりいい言い訳はいえません。反省はしてます。こんな怖いことになるとは思っていなかったんです。それで、とチオラが、レトにタオルを渡します。
「……なんてお呼びしましょうか。お柱様の、遣い様」
「そんな風に呼ばなくていい。べつに、今日はお役目で来たわけじゃないし」
「そう……」
チオラが大きく息を吐きます。チオラが敬語をレトに使うなんてと、びっくりしてしまいました。でも、それが当然といえば当然のことでした。わたしの立ち居振る舞いの方が、よっぽどいけないことでした。
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