ティトラ・テットと青い星 -11

 おひさまが真上に来たころあいに、前の方からホウキに乗った人たちが飛んできました。バスケットから缶詰のパンをひとつひとつ配ってくれています。朝のうちに配ってもいいんでしょうけど、このタイミングで馬車と人の数の確認をして、はぐれている人がいないか確認をしています。

 人数をメモしていたメニレットが、わたしの顔を見てぎょっとした顔をしました。


「テット、どうしたの。目が真っ赤」

「なんでもないです」

「ほんとう? ならいいけど……」

「メニレット、置いていくよ」

「あ、はーい」


 わたしより年上のメニレットは、もう兄やとして、はたらく人たちの仲間入りをしています。パンの缶詰を開いて、また無理矢理パンを口の中に詰め込みます。今朝のうちに水筒にお茶をいれるのを忘れてしまってました。

 ロジンが水筒を差し出してくれました。また気付かれた。


「飲んでいいよ。口の中がぱさぱさになるよね」

「いえ……」

「いいから」


 一口だけもらうことにします。なんだか、わたしたちがふだん飲んでいるものとは違う味です。香ばしくて不思議な味でした。残りのパンを飲みこんだら、もうお腹いっぱい。缶詰なら、回収しにくるはずなので、ロジンの缶もまとめて持っておきます。

 哀しそうな顔をしたらいけない、と思って、空き缶を回収しに来た人に笑顔を作って、丁寧にお礼を言って、差し出します。食事を終えて三時間ほどは、このまま進むでしょう。大きな道には、だいたい馬車が五、六時間走ったくらいの距離で野営地が置かれています。次の野営地は、水場が近かったらいいんですけど。

 鳥が飛んでいるのを眺めていたら、前の馬車に乗っている人が赤い旗を振っているのが見えました。止まれの合図。ロジンが手綱を引きます。わたしも、御者台の座るところの足元に置いてある赤い旗を取って、後ろに見えるように身を乗り出して、旗をばたばたと振ります。

 後ろの馬車のもうひとつ後ろの馬車も赤い旗を振っているのを確認して、座り直します。馬車がゆっくり止まります。なにかあったかな、とロジンが小さくつぶやきます。


「テトの方からなにか見える?」

「いえ……、あ、ホウキが飛んできました」


 馬車にひとつひとつ止まって、なにか言ってます。やっぱりなにかあったみたいでした。メニレットが、わたしたちの馬車に来ました。顔色が真っ青でした。


「急病人が出ました。その馬車だけ残して、他の馬車は、二時十五分に出発します」


 ロジンが懐中時計を出して、二十分後か、と言います。急病人。背筋がざわざわします。


「どなたが、どうされたんですか?」

「ザレルト翁が……倒れて。まだ原因は……」


 やだ、とわたしの喉から悲鳴があがりました。


「大丈夫なんですか?」

「わかんない……急に、倒れちゃって、」

「ごめん、メニレット。知らせに来てくれてありがとう。まだ行かないといけないだろう、行っておいで」

「うん」

「大丈夫だよ。落ち着いてね」


 うんともう一度うなずいて、メニレットがホウキで飛んでいきます。むちゃくちゃな気持ちになって、顔を手のひらでおおいます。涙が出てきちゃう。もうやだ。肩を大きな手が撫でてくれてます。


「テト、顔あげて。ほら」

「はい……」

「顔拭くよ」


 ぎゅっと顔を拭かれます。目をこすりすぎたせいでちょっとひりひりしてます。


「大丈夫だよ」

「だって」

「大丈夫。ザレルト翁だよ」


 ハルねえさんだったら、抱きしめてくれたかもしれない、と思ったら、あんまりさみしくなってしまいました。お行儀は悪いけど、踵を座席に乗せて、膝を抱きしめます。膝と膝のあいだに顎を乗せて、何度か深呼吸をします。

 ザレルト翁は、一番年上で、なんでも知っていて、手先が器用で、なんだってできる人です。たしかに、もう旅を続けられるような年じゃないって、よく言われてます。あともう少しだけだと、新しい年が始まるたびに言ってました。

 行くよと言って、ロジンが手綱を揺らします。馬が鼻を鳴らして、ゆっくり進みだします。



          *



 ザレルト翁には狭心症の疑いがあるという話しを、夕飯の用意をしながら聞きました。狭心症と言われても、わたしのお勉強の範囲では心ノ臓のご病気だということしかわからないのですが。大人たちがばたばたとしています。

 こんな空気じゃ、わたしの持ち物がひとつ消えてしまったなんて言い出せません。ザレルト翁はたくさんのひとの面倒を見ていたので、お見舞いの人がたくさんいました。わたしは少し遠くから見るだけにしました。

 どっちにしろ、次の街に行くまではゆっくり検査をしたり、治療をしたりすることはできない、ということになったようです。ザレルト翁は、いつも馬で先に行って、道の様子を見るお仕事をしていますが、その仕事はとりやめにして、ベッドのある馬車に乗ることになりました。

 火傷が治るまでは、食事のお仕事はさせないと言われてしまったので、夕飯を食べたらうんと暇になってしまいました。ロジンはリーダイに呼ばれて、中央のテントに行ってしまいました。あんまりすることがないので、ロジンの馬のラッチュがとことこあたりを歩いているのに、ついて行きます。今日の野営地は、川から水を引いた小さな池があって、そこで水を飲んでいるのを頬杖をついて眺めます。

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