ティトラ・テットと青い星 -10


 「もっと大声で言ったらいいんじゃないんですか?」


 自分の顔が笑ってます。女の子たちが、いやな感じの顔でこっちを見上げてます。


「どうせ、大人の前でも、わたしのねえさんとにいさんの前では、なんにも言えない癖に」


 正しいなら、誰の前でも同じことを言えるでしょう?

 わたしのハルねえさんみたいに。


「言えないんだったら、あなたたちはあなたたちの振る舞いが間違ってるって、知ってるんですよね」

「テト?」


 わっと女の子たちがどこかに走っていきます。ロジンがわたしのカバンを持って、女の子たちがいた方の、逆から来てました。御者台にのぼってきて、わたしのかばんを見せてくれます。


「だれかと話してた?」

「独り言いってました。ごめんなさい、ありがとうございます」

「……あのね」


 ロジンが声をひそめます


「カバンの口が開いてたんだけど、テトは、ふだんそんなことしないよね」

「……しないです」


 さっと血の気が引いたのが、わかりました。べつに、盗まれるようなものは、ない、と思います、けど。本当に大事なものは、木箱にしまって、鍵をかけて、共用の馬車に載せたままです。街に到着しない限り、その馬車の鍵は長様が持っていて、開くことはありません。

 リュックサックの口を開いて、中を見ます。着替えとタオル、ハンカチばっかりなので、中は真っ白です。どちらも枚数は三枚ずつで、いま着ているものと持ち歩いているものを差し引いて、二枚ずつ。

 肩掛けの方は、勉強道具や、こまごましたものが入ってます。メモのためのノートが三冊。本が二冊。筆箱の中はそろっていて、身の回りの道具もそろっています。あ、と気付いて、涙がにじみました。


「ロジンがくれたかんかんの箱……」

「……ああ、クッキーの? このかばんに仕舞ってたの?」

「昨日の夜、仕舞いました」


 ロジンがぎゅっとわたしを抱きしめてくれました。たしかなことです。一日一枚、クッキーを、夜寝る前に。それだけが、わたしの楽しみだったのです。もう、だって、最後の一枚しか残ってなくて。一番おいしかった、イチゴジャムのやつが。もう端がぼろぼろになってたけど。


「もう少し探してみて。もう出発しちゃうけど」

「はい……」

「大丈夫だよ」


 ぎゅっと目元をぬぐって、かばんの中をもう一度探り始めます。涙がいっぱい出てきて、よく見えません。馬車ががたがた揺れ始めます。うーんとロジンがうなります。


「なさそうだね」

「はい」

「……代わりの、あげるよ。たいしたものじゃないし」

「でも」


 だって、青い花は、ハルねえさんの目みたいで、金のふちどりは、レトの魔法の輝きのようだった。のどが言うこと聞かないので、とぎれとぎれに話します。もしかしたらリュックサックの方に入れたかもしれないと思って、中身をかき回します。

 ロジンが、わたしの手首をにぎりました。目が腫れあがって、うまく見えません。


「ごめん、忘れてた。怪我の様子を見せて」

「あとででいいです」

「ううん、だめ。しばらくまっすぐだから、今じゃないと。それに、痛いでしょ」


 言葉が強かったので、しぶしぶ手を止めます。受け取っていた火傷の処置の道具を出して、傷を見せて、自分で薬を塗って、ガーゼと包帯をあててもらいます。足は自分で。

 痛かったね、と優しい口調で言われたら、涙が出てきてどうしようもなくなってしまいました。


「ロジン、ごめんなさい。せっかくくれたのに。わたし、大事にしようって、本当に、大事にしてたと思ってて」

「うん、わかってるよ」

「どうしよう。みんなに言ったら、探してくれますか? でも、昨日休んだところに置いていっちゃってたら、もう遅いですよね」

「うーん……」


 ロジンが、わたしの顔をのぞき込みます。


「もし誰かが盗ったとしたら、どのくらい許せない?」


 盗まれたんだと、ロジンははっきり言いました。ぎょっとして、口をつぐみます。


「リーダイに言って、大人のひとたちにも言って、みんなのカバンを探すことはできるよ。あのテントの中にはなかった。おれが片付けまでやったから」

「……」

「テトは、ちゃんとしてるよ。わかってる。毎日片づけてたんだろう。じゃあ、カバンの中にあるはずで、でもないんだもんね」


 わたしは毎日ちゃんと仕舞ってました。ぎゅっとかばんの布を握りしめます。


「今日の野営地で、かばんをぜんぶからっぽにして、探そうね。それで決めよう」


 はい、と言います。あったら、いいんです。ロジンが軽い調子で、あれこれ話し始めます。膝をかかえたままで、わたしもなんとか返事をします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る