ティトラ・テットと青い星 -9
「体重を預けて大丈夫。まあ、すぐそこだしね」
「は、はい」
「テントを開けられる? 紐をほどいて」
「はい……できました」
布の隙間からひょいと抜けて、外に出されます。地面におろされて、ようやく息を吐きます。
「ちょっと見せてごらん。ずっと冷やしているんだろう?」
「はい」
「一度取った方がいいね。凍傷になるかもしれないから」
氷嚢を抜いて、包帯もほどいて、皮膚の様子を見てくださいます。
「どのくらい前に、火傷になったんだい」
「ええと……一時間くらい前、だと思います」
「うん。そのくらい時間が経っていたら、水ぶくれにはならなそうだ。痛い?」
「……少し」
「もしもどうしても痛かったら、痛み止めをあげるからおいで」
「はい」
「ジオンさーん」
遠くから、ロジンの声がしました。そっちの方を見たら、ロジンが走ってきているところでした。
「テント片付けましょうか。手伝いにきました」
「ああ、お願いしようかな。馬を連れて来るよ」
馬を連れて来るくらいなら、本当はわたしでもできます。あの、と言ったら、ロジンがこわーい顔をしてわたしをのぞきこんできました。
「座ってないと怒るよ」
「はあい……」
ロジンがてきぱきとテントの紐をほどいたり、布をたたんだりしています。わたしたちの使っているテントは、中で立てるくらい大きいですが、案外使っている道具は少ないです。特殊なかたちの金具と、何本かの木の棒。慣れてしまえば、大人がふたりいれば十五分ほどで立てたり片付けたりできます。
最初に布をぜんぶ馬車に片して、中の木箱も馬車に積み込んでしまいます。机の上の油紙の包みも、丁寧にまとめて、箱の中に仕舞ってます。ハルねえさんのお父様が戻ってきて、屋根を作っている木の棒から片づけを始めます。
わたしが座っている椅子だけ残して、あっという間にぜんぶ馬車の中に詰め込まれていきます。さすがに座ってたら、邪魔です。氷嚢が落ちないように立ち上がって、靴に足を入れます。靴下はまだ濡れたままでした。
「きみ、お手伝いありがとう。あとはもう大丈夫だよ」
「いえ。それじゃあ失礼します。テト、おいで」
よいしょと抱き上げられました。今朝はこんなことばっかり。
「こんなこと、わざわざしなくても、歩けるのに……」
「ううん」
ロジンの馬車も、すぐそこです。御者台の、足元にひょいと置かれました。
「ちょっと待っててね。テトのかばん取ってくるから」
「はい。ごめんなさい」
ゆっくり立ち上がって、ちゃんと座る場所の方に移動します。もう馬はつないであるし、荷物もすっかり積み込まれています。先頭の馬車は、もう出発しています。今日は真ん中くらいを行く予定だったはずです。
リヨンさんたちだけでテントの片付けができたかなあ、と心配になります。お客さん扱いなので、だれかが手伝ってくれているはずですけど。わたしのかばんは二つあるので、邪魔だっただろうなと思います。
頬杖をついて、動き回っている人を眺めていたら、また少し遠くで女の子たちがこっちを見ながらおしゃべりしていました。あ、と思ったら、目があってしまって、失敗したなあと思います。またしばらく顔を合わせてしゃべったあとに、わざわざこっちに近寄ってきて、おしゃべりを始めるみたいです。
わー、ずるだ、さぼりだあ、と単語が聞こえてきます。少しの間なら我慢できますし、どうせロジンが戻ってきたら黙ってどこかに行くでしょう。人の言葉、を、ただの音、として、ぼやけたものにする。よくしていることです。
ねえさん。
ハルねえさん。
レトはどこにいると思いますか?
また、血のにおいをさせてると思いますか?
あのね、レトは、案外食べ物の好き嫌いがあるから、心配です。
あと、ハルねえさんは、大丈夫ですか。
お元気ですか。
待つしかできないわたしが、やっぱり面倒に思ってませんか。
「ねえー!」
聞き流していた声が、急に大きく跳ね上がったので、目を開きます。まだロジンが帰ってきてないので、やっぱりテントの片付けとかできてなくて、手伝いをしているのかもしれません。お手伝いしたいのにとため息が出ます。
「やっぱ聞こえてるよねえ」
ああ、ちょっとなら我慢できるんですけど。
「無視とか、感じ悪―い」
「せっかくいままで仲良くしてあげてたのに」
あなたは滅多に面倒を起こさないで、手がかからないねと、大人が笑ってました。
馬鹿ばっかり。
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