ティトラ・テットと青い星 -7
使い終わった食器を入れるバケツの中には、もう何枚も食器が入っています。それを抱えて水瓶の方に行って、最低限の水ですすぎます。固くしぼった布巾でも拭いて、もう出発なので食器の箱に仕舞います。
本当は二、三人でやるようなことなので、わたしひとりでは効率が悪いのですが。ふつうだったら、ご飯を食べ終えた子が来てくれるのに、やっぱり今日もわたしはひとりです。手を動かすたびにじんと火傷が痛くなります。意地になって平気なふりをして、食器を持ってきてくれる人にも笑顔でありがとうございますなんて言うことにします。
わたしは大丈夫。
だって、だいじょうぶ。
「テト?」
ちょっと、と大きな声が隣から上がりました。手から食器を奪われます。青い目。色鮮やかな髪。おねえさんの声。
「なんだい、その手。ちょっと、見せて。なんでそんな怪我してるのに」
自分の目からぱらぱら涙が落ちました。無理矢理笑います。リーダイ、と名前を呼びます。
「あの、さっき、ちょっと、スープがかかっちゃって」
「どうして手当てもしてないんだ。他の場所は?」
「足にも、ちょっと。あの、終わってから、お薬もらおうと思ってて」
リーダイがぎゅっと唇を噛み締めました。ハルねえさんの顔を思い出してしまって、慌ててしまいます。痛いけど、平気なんです。わたしを立たせて、足首を見て、リーダイがこちらに背を向けてしゃがみこみます。
「おいで、連れて行くから」
「ええと」
どういうことなんだろう、と困ってしまいました。なにをしたいんでしょう。
「おんぶ。足、痛いだろう」
そういうことかと納得しました。されたことが、あまりないから、本当にどうしたらいいかわからなかったです。ああ、どうしようと思ったら、もう一度涙が出てきて、リーダイがこっちに背中を向けていてよかったと思いました。
「あの、ええと、大丈夫です。歩けるから」
「ううん。いいから、おいで。ね」
「……はい」
そっとリーダイの背中にもたれて、ぎゅっと首に抱きついてみます。リーダイがわたしの足を抱きかかえて、立ち上がります。急に高くなって、びっくりして、ひゃあと声が出ました。
「お、大丈夫? 落としたりしないよ」
「あ、いえ。びっくりしちゃって」
「あはは。寄りかかっていいよ。そっちの方が、わたしが楽だし。大丈夫だからね」
リーダイが歩き出します。言われたとおりに背中にそっと寄りかかります。背中があったかくて、薬のにおいがして、やっぱりどうしてもハルねえさんを思い出しました。
おんぶされているせいか、やたらと視線が集まってきている気がしました。スープの鍋の周りで、子どもたちがおしゃべりしていました。なあんだと思ってたら、リーダイが立ち止まって、大きな声を出しました。
「そんなに大勢でひまなら、ちゃんと仕事を探したらどう」
リーダイ、と小声でささやきます。リーダイが小さく首を横に振りました。
「自分から仕事を探せない子は、旅団の仕事でもなにも探せないだろうね」
むーっと子どもたちがむくれてるのがわかりました。ぷいとそっぽを向いて、リーダイが歩き出します。火の近くにいた大人が、こっちに小走りで来ました。
「どうしました?」
「テトが火傷しているんですけど」
え? と大人の人が声をあげて、わたしの顔を見ます。ああ、なんだか嫌な感じになりそう。
「あの、わたしが言わなかったから……」
「スープがかかったそうです。手当てをしてくるので、食器洗いは他の子にさせてください。あっちにたくさんいたので」
「まあ……あら、いやだ、こんなに腫れているのに。はい、わかりました。すみません、気付かなくて」
「いえ。それじゃあよろしくお願いします」
リーダイが歩き出します。なんだか、なんだか、ああ、嫌な空気。大人の人も、わたしのせいで叱られたみたいになっているし、子どもたちも、わたしの悪口をたくさん言ってそうです。すーっと手と足の先が冷たくなってきました。
ねえさんたちの見えていないものって、こういうものなのかなんだろうなあ、と久々に思いました。ああいう風に言われるのは、助かるけど、あの子たちの中でわたしがどんどん悪者になっちゃうので、困ることもあります。
お薬を作る緑色のテントの前に置かれている椅子におろされます。リーダイがわたしの顔をのぞき込みます。
「朝ごはんは食べた?」
「はい」
「わかった。じゃあ、靴と靴下脱いで、待ってて」
「はい」
右足の靴と靴下を脱ぎます。靴はまだしも、白い靴下にも染みがついてしまっていました。洗って、とれるかなあと泣きそうになりました。新年に、新しいものをもらったばっかりだったのに。
制服とか、おそろいで着ないといけないものは、決まった時期にしかもらえません。似ているものを新しく買うのは、大丈夫なのですが。誰に買ってもらえというのでしょう。月にいくらというお小遣いはもらえますが、こんなことで使っては、すぐになくなってしまいます。
本当に必要なときだけお金は使って、あとはずっと貯金しています。その分もあるのですけど。たぶん、買うことはないです。染みがとれなくても。この染みを見るたびに悲しくなっても。仕方ないことでした。
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