ティトラ・テットと青い星 -6

 この旅に出てから、子どもたちの流行は、わたし以外で待ち合わせして移動したり、勉強したりすることです。普段通りの時間に出てしまうと、その集団に混じって歩かないといけないし、でも無視されているので、さすがにしょげてしまいます。

 今だって、わざわざ走ってきたのにわたしの前でゆっくり歩き出して、わざわざ手をつないだり、こちらをちらちら振り向いたりしています。朝一番に見たいものではありませんでした。かといってここから走り出すのは嫌ですし。

 今日はわざわざご飯の当番の子たち以外もここまで来ていたみたいで、炊事場の前で手を振りあいながらばらばらに子どもたちが走っていきます。ご苦労なことでした。無視して横を通り抜けて、作業台の方に行きます。

 炊事場では、大人の人と、姉や、兄やと呼ばれる年ごろのひとたちがもう準備してくれていました。昨日の夕飯の残りのスープに水を足して、昨日誰かが採ってきてくれた野草と、干し肉を放り込んで煮込みます。いつも通りわたしは、昨日の夜洗っておいた布巾や食器を回収して、使いやすいように並べます。それが終わって、周りを見渡します。配膳が始まっていますが、わたしはそれにも参加できないので。からっぽのバケツを手に取ります。


「あの、わたし、水を汲んできます」

「えー、テットが?」


 背後から女の子たちの嫌そうな声がしました。あー、とパンの缶詰を開けていた兄やが顔を引きつらせます。


「いいよ、重たいから。俺が行ってくるから……」

「じゃあ、なにをしますか?」


 配膳はできないし。食器を片付けるには、はやすぎるし。横から大人の人が話しかけてきます。


「じゃあ、もう食べてていいよ。スープもらっておいで。テットが一番最初に食器洗いをしてもらっていい?」

「はい」


 スープの鍋の前には、同じ年の子たちしかいないから、ちょっと嫌だなあと思いながら、自分で並べておいた食器をひとつ取ります。前はよく話してくれいた子が、わたしが出した食器をつまむように受け取ります。まるでわたしが汚いもののようです。

 おたまでざっとすくってお皿に入れて、黙ってこちらに差し出してきます。一応、ありがとうございますと言いながら受け取ったタイミングで、わたしに押し付けるようにお皿を動かしたので、手があたって地面に落ちてしまいました。


「あっ、」


 手の甲にも、靴下ごしに足首にもスープがかかって、びりびりと痛くなります。痛みで涙が出てきました。目の前の子が、一瞬わたしに手を伸ばしかけて、すぐにやめたのが視界に入ります。

 やだあー! と向こうにいた女の子が声をあげました。


「テットがスープこぼした!」

「えー、いまのわざとだよ。あたし見てたもん」

「本当? せっかく作ったのにー」


 目から涙が出ているのを、ぐいっとこすります。顔をあげて、無理矢理笑ってみせます。


「ごめんなさい、かかってない? やっぱりスープはいらないです」


 周りがなにかを言っているような気がします。地面に転がった食器を拾い上げます。手の甲も足もじんじん痛いです。せっかく昨日きれいに洗ったエプロンも、大きな染みがついてしまっています。

 ねえさん。

 レト。


「じゃあ、ごめんなさい」


 さっきの兄やは、水を汲みに行ってしまったようです。開いているパンの缶を取って、誰もいない、木立の中に入ります。すぐに食べて、すぐに手伝いに行かなきゃ、んぐ、うぐ、と鳴っている喉に無理矢理パンを詰め込みます。涙のせいでちょっとパンがしょっぱいし、口の中がぱさぱさになって、パンが貼りつきます。

 せき込みながら最後のかけらを飲みこんで、立ち上がります。行かないと。土で汚れてしまっているお皿を持って、戻ります。もともとパンが入っていた箱の中に、空になったパンの缶を入れます。手の甲が真っ赤になっているのが見えました。どうせ食器を洗っているあいだはずっと水に触っているんですし、その間に冷えるでしょう。

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