ティトラ・テットと青い星 -5
わたしが出入りするのは、旅団のひとたちのための炊事場です。明日の朝ごはんの下ごしらえが終わっている炊事場はうんと静かで、誰もいません。テントの間から、夜の火の番をしている大人の人たちが見えました。なにかを真剣な顔で話しています。
しばらくじっと見つめていたら、気付いてくださったのか、わたしの方を見ました。笑顔を作って、会釈しておきます。テントの前に置いてあった椅子に座って、もう一度大人のひとにうなずきます。
火が向こうにあるせいで、あまり表情も見えませんし、誰なのかもわかりませんが。なにかがあったとき、ここにいたと言ってくれるでしょう。
膝の上にクッキーが入っている缶を置いて、ぼーっと星空を見上げます。星を見たら、未来と過去のことがわかるそうですが、わたしにはそういう力はありません。
星読みはある程度、算数のお勉強でできるようになるとは、聞いたことがあります。魔女の方々は基本的なお勉強として、星読みのお勉強もするそうです。わたしは当然魔女にはなれないので、関係ない話しです。
缶をぱかっと開いて、中のクッキーを一枚出します。薄いラングドシャのあいだに、チョコレートのクリームが入っています。大事に持ち歩いているつもりなのに、はしっこが割れてしまっていました。
星がひとつふたつみっつ、と数えて、暇をつぶします。あちからか神様がのぞき込んできているのでしょうか。
だったら、わたしのことは見ている?
どう思ってる?
なにも祝福が与えられていないと言われた、わたしのことは?
涙が急にじんとにじんできてしまいました。今、にいさんがいたらよかったのに。レトは目がいいから、きっと月と星の向こうだって見れるでしょう。滅多にないですけど、むかしむかしのお話しを描く魔法を見せてくれたかもしれません。
青と金がしたたる、過去視の魔法。もう途絶えてしまった土地の魔法ですが、レトだけは使えます。過去視の魔女様とは違って、うんと昔、人間が生まれる前のころや、世界の仕組みが作られていたころを伝える魔法です。花の女神さまに、炎の神様。文字を生み出す神様や、湖の底で暮らす神様。レトは、夢のように見せてくれるのです。わたしや、ハルねえさんくらいしか知らないでしょうけど。
あの魔法が、わたしのにいさんの、本当です。
目の下をごしごしこすって、たぶんそろそろ帰ってもいいころでしょうと立ち上がります。明日の朝ご飯の担当なので、本当はもっとはやく寝たかったのです。またテントの群れのはしっこを歩いて行きます。わたしが寝泊まりしているテントの前に、すらっと身長が高いリヨンさんが立っています。わたしを見つけて、手を振っています。近寄って行ったら、わざわざわたしの視線に合わせてしゃがんでくれました。
「あなたのテントなのに、追い出してごめんね。もう落ち着いたみたいだから、大丈夫」
「わたしは大丈夫ですけど……ええと、セルさんは?」
「もう寝ちゃった。ちょっと疲れがたまってたみたい」
「そうなんですね。まだ慣れてないでしょうから、仕方ないです」
ぱちぱちとセルさんが瞬きをしました。もう寝たいんだけどなって思いながら、どうしましたか、と聞きます。
「ああ、ううん。テットちゃんは、こんなに小さいのに、疲れた顔もしないし、お勉強も毎日しているし、えらいなあって思っただけ」
「あ……いえ、だって、わたしは生まれた時から、旅団ですから。みんなこうです」
「そっかあ……ああ、ごめんね、もう寝てる時間だよね。気をつかってくれてありがとうね」
「いえ、ぜんぜん。おやすみなさい」
ぱっとテントの中に入って、カバンの一番真ん中に青い花の缶を入れて、いつものお祈り。寝具にくるまって、明日こそハルねえさんがお迎えに来てくれたらいいのになと心の中でつぶやきます。
*
鐘がからんからんと鳴っている音で目が覚めました。朝日がのぼったという合図です。やっぱりちょっと寝坊しちゃったと思いながら起き上がります。大急ぎで顔を洗って、昨日のうちに洗っておいたエプロンを取って、炊事場に向かいます。べつに、遅刻というわけでも、寝坊というわけでもないのですが。
炊事場に行く道すがら、想像通りに子どもたちの集団がわたしを追い越していきました。みんながくすくす笑いながらおしゃべりしています。
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