ティトラ・テットと青い星 -4

 ロジンも、ちいさいころからご両親から離れて、旅団に入っています。お薬のことに詳しいですが、一番得意なのは、計算ごとだよと言ってました。計算ごとって、どういうことをしてるのか、実はよくわかってないです。


「あのね」


 テントの前で、ロジンがわたしの布に留めたピンを取ってくれます。ゆっくりした口調で、ロジンが話し出します。


「おれの家はね、月と星の向こうから、神様がのぞき込んでくるって、昔から言っててね」

「そうなんですか? 本当に?」

「いや、わかんないよ。月と星の向こうのことなんか、わからないからね。それで、神様は、髪がきれいで、良い子を見つけて、連れていくんだって」


 そんなことあるんでしょうか。神様や妖精のお話しは、うんとたくさんあって、いろんな種類があって、こっちではこう言われているものがあっちではこう、みたいなことがたくさんあります。

 昔聞いた月の神様のお話しでは、罪人として地上に追い出されて、そのあとの行方はわからないというものでした。そのバツとして、太陽とは違って、月は大きくなったり小さくなったり、ひとつきのうち、一日は夜から見えなくなってしまうのだと言っていました。

 ロジンが大きな布を簡単に畳んで、空いた方の手でわたしの頭を撫でてくれました。くしゃくしゃっと、ちょっと乱暴です。


「だから、大事な子は、夜のうちは布の下に隠せってね。ま、のんきな一人息子だけど、これくらいは教えを守らないと」

「……えへ」

「困ったことがあっても、なくても、おれに言うように。わかった?」

「はい」

「うん。じゃあ、おやすみ。いい夢が見られますように」


 おやすみなさいと言って、テントの中に入ります。毎日一生懸命お勉強をがんばっているお姉さんたちを起こさないように静かに眠る準備をして、寝具を出して。

 眠る前はいつものお祈り。

 わたしに与えられる祝福は、わたしの大事なひとに。

 その人に与えられる災禍は、わたしの元に。

 おやすみなさいませ、わたしたちの神様。



          *



 クッキーは一日一枚と決めて、夜寝る前に。そいういう旅を送りました。前だったらにいさんと分けていましたし、もしかしたらお友達とも分けていたかもしれませんが、そんなことはしなくなってしまいました。

 相変わらずチオラとリーダイはわたしのことをテントに呼ぼうとしていますが、三日に一回くらいに減りました。たぶん、ロジンがなにか言ってくれたのだと思います。

 今日もみんなの最後尾についていって、テントに戻っていきます。テントのランプがついていたので、お客さんのお姉さんたちは起きているみたいでした。お邪魔しますと言ってテントに入ったら、髪の毛が短い方のセルさんが泣いていて、わっ、となってしまいました。

 年上の方のリヨンさんが、わたしを見て慌ててしまっているようなので、こくこくうなずきます。一番入り口側に置いてあるわたしのかばんから、青い花のかんかんの箱を取って、すぐにテントから飛び出します。

 おうちがこいしいのかなあ、とテントが並んでいる端っこを歩きながら思います。あの街から出たことないから、と初めて会った日におっしゃってました。それでも、お医者さんになりたい、というのは、住んでらした街で、急に流行ってしまった流行性感冒でご家族がお亡くなりになってしまったからでした。

 よく冬に流行るインフルエンザが、どういうわけか、リヨンさんたちが暮らしていた街ではずっとかかる人がいなかったのだそうです。今年の始まりに急にかかる人が出てきて、ちいさな診療所しかない街では対応しきれず、そもそも住人の方たちに抗体がないせいで重症化してしまったそうで、何人かお亡くなりになってしまいました。

 街の長様の奥様が出産されるということで、旅団の長様がちょうど街にはいらしたのですが、奥様にもインフルエンザがうつったら大事になってしまうと、お城から出ることも許されなかったそうです。旅団から人を呼ぶには、あまりにも雪が深くて、どうしようもすることがなかったと聞きました。

 大変だっただろうなあと、我ながら他人事のように思います。去年の終わりから今年の始まりにかけて、わたしの身の回りもすごい勢いで変わってしまって、大変でした。そのあいだずっと、わたし以外はふつうに暮らしているんだと思っていましたが、そんなことはないのでした。

 今日の野営地は森の真ん中なので、あまりテントから離れるわけにはいきません。かといって、火の番をしている人たちの中に行くのは面倒ですし。今日はお洗濯がたくさんあって、少し離れた川まで何回も往復したので、足が疲れています。だれもいないでしょうけど、炊事場にお邪魔しちゃおうかなと、つま先の方向を変えます。

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