ティトラ・テットと青い星 -3
ロジンがまたちょっと笑います。木の実が混じっているクッキーを一枚とって、わたしの前に出してきます。布の下から手を出して、受け取ります。
「ハルがね、よく言ってたから。心配されるのが嫌って。まあ、ね、あのおねーさんは、自分がしっかりできてないと、死んじゃいそうな顔するものだから」
「はい……」
「でも、テトはまだ九歳でしょう。親もいないんだから。あとは……やっぱり、ちょっと遠巻きにされてるから」
「仕方ないですね」
レトが罪のお柱様の手足として、旅団からいなくなって、もう半年以上経っています。大人の人たちも、ハルねえさんたちも、わたしが関係ないこととか、そもそも罪のお柱様はなにもしていない人には関係ないことを説明してくださいましたが、どうしたってわたしは、不吉な子として遠巻きにされています。
そもそも、魔法が使えなくて、人間以外を見ることができないわたしは、なんだか変な子、という扱いでした。からかってくるのは男の子たちで、同じ年の女の子や、ちょっと上の女の子は男の子たちに怒ったり、わたしをなぐさめたりするものでした。
お友達と、呼んでいました。
そのなぐさめを、内心うっとうしく思っていても。
レトのように、うるさいと振り払うことはできませんでした。だったら、それらを友情として受け取るのが、公平なことだと思ったのです。
まさかここまでの手のひら返しをされるとは思っていなかったのですけれど。
「レトが罪のお柱様のためにお役目を果たしていたのは、たしかなことなんですから。仕方ないです。だれだって、人を殺した人の家族は、嫌がるでしょう?」
「でも、さすがに目にあまるね。口出しはするよ」
「はあい……」
わたしが料理をすることはなくなりました。頼まれるのは食器洗いや洗濯もの。火の番もさせてもらえません。あの子が作ったご飯なんて食べられないと何人かが言い出せば、その場で叱られるのはその子たちであっても、後からこっそり呼ばれるのはわたしです。あんな子たちがいるなら、もう料理しません。ちょっと顔をうつむけて言えば、ごめんねと謝ってはくれました。
聞き分けのよさに、大人たちはほっとしたようでしたが、べつに、自分たちの親に泣きついているような甘ったれのために、自分が働いてあげる必要はないなってだけでした。レトだったら、ばかだろと直接言うでしょうけど、わたしはそういうことする方が面倒になりそうで、嫌でした。。
ハルねえさんがいたら、あんなに派手なことにはならなかったでしょう。あの、イーニーの街では、誰もなにも言わなかったのですから。そのことがもう、うんと、わたしをうんざりさせました。
「……こんな風にさせて、本当にごめんね」
「ううん」
ロジンには、言ってもいいかな、と悩みます。ハルねえさんと、一年のあいだにねって約束をしたこと。それがあるから、わりとけっこう平気なのです。
ハルねえさんが約束を破るはずないから。
「平気じゃないですけど、平気です。お仕事忙しいですし、お勉強も大変だし。悪口なんか言う人って、ひまそうでうらやましいです」
「うん」
「心配かけてごめんなさい。でも、大丈夫です」
「ん……」
ふあ、とあくびがこぼれました。本当はもう眠っている時間です。ロジンがもう戻ろうかと言いました。せっかく時間をかけてくれたのに、いらないですと断って申し訳なくなりました。
ちょっと待っててねとまたロジンが言って、テントの中に入ります。ロジンのテントはほかの人たちのものと違って、綺麗な模様がついています。ロジンのご両親は織物を売っているそうで、その売り物の一つだと言っていました。
なんだかかわいいお花が描いてある小さな缶を持って、ロジンが出てきました。わたしの横にしゃがみこみます。
「なに食べたっけ。ココアと、くるみのと、あといちごジャム?」
「はい」
「おいしかった?」
「とっても! こんなに甘いの、びっくりしました」
「よかった。じゃあほかのもね」
クッキーを一枚一枚とって、缶の中に入れてくれます。小さい缶の中にはわざわざ薄い紙が敷いてあって、ずっとわたしと同じ旅をしているはずなのに、こんなこまごましたしたものをそろえているのが不思議でなりません。あんまり荷物が多そうには見えないのですが。蓋の内側まで模様があって、透明のビーズがところどころ飾ってありました。お礼を言って受け取ります。
クッキーが入っていた缶の中は、もう半分も残っていません。ロジンはほとんど食べていないのに。高価そうなものなのに。
「ごめんなさい。こんなにたくさん……」
「いいよ。ここから長いしね」
次の目的地までは、おおよそ一か月はかかる予定です。そのあいだに旅団に来てほしいと言われたらそちらにも行きますし、道が荒れているかもしれませんし。缶の蓋に描いてある青い花の模様を見つめて、ちょっと考えてから、口を開きます。
「ありがとうございます。大事に食べます」
「うん。それでよし」
「はい」
戻ろうかと言って、ロジンが立ち上がります。頭からかぶっている布を踏まないように気をつけながら立ち上がります。ロジンがゆっくり歩き出しました。テントに飾ってある鉄製の飾りがからから音を立ててました。
「あの、ロジン。この布って……」
「ああ、ごめんね、付き合わせて。テントに戻ったら、もらおうか」
風が布を揺らしています。頭からすっぽりかぶっているのに、膝の下あたりまでありました。これも、ロジンのご両親が売っているものなのでしょうか。ちらっとロジンの方をうかがいます。
ロジンはいつも手袋をつけて、だいたい薬を作る場所にいます。うんと背が高くて、目の色はメープルシロップみたいな色です。患者さんと話すときの言葉遣いが大人っぽくて、いいなあといつも思います。
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