ティトラ・テットと青い星 -2

 わたしは自分のテントを持ってないので、旅団の、大きなテントを間借りしてりてます。たとえば少しの間だけ旅団に勉強に来ている人とか、わたしたちみたいに家族がいない人とか、そういう人が眠るためのテントです。端っこにあるので、到着するころにはわたし一人になります。

 そのテントの前に、ぽつっとひとが立ってました。一瞬、二つの顔が浮かんで、いや二人ともあんなに大きくないなって思いなおします。たぶんわたしの顔は笑えているはず。


「こんばんは、ロジン。どうしたんですか?」

「夜遅くまでお疲れさま、テト。いま時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど」

「はい、もちろん!」


 誰もいないといいんですけどと言い添える。前の街で、四人、お勉強のために旅団に入ったお兄さんとお姉さんがいて、そのお姉さんたちと同じテントを使っているのです。ちょっと中を見てみたら、中身がふくらんだ寝袋が並んでいたので、ロジンを見上げて首を横に振ります。


「ごめんなさい、リヨンさんとセルさんが寝てるみたいです。起こしちゃうので……」

「じゃあ、おれのところにおいで。その話しをしたくて来たんだよ」


 ちょっと曖昧に笑います。もうずっとそんなお話しばっかです。ロジンが来るのは初めてですが。

 ロジンのテントも端っこにあるので、すぐに着きました。ちょっと待っててねと言って、ロジンが小さなテントの中に入っていきました。しばらくして、布と、かんかんの箱を持って出てきました。分厚そうな布を地面に広げたら、ちょうど三人くらいは座れそうな大きさでした。


「どうぞ、座って。ごめんね、おれのテント小さいから」

「いえ! ピクニックみたいですね」

「そうかもね。この布、かぶってもらっていい? 今日は月がきれいだから」


 はい、と言って、軽そうな布を受け取ります。うーんと大きくて、頭の上にかぶせたら、体ぜんぶ入ってしまいました。どういうことなんだろう、とは思うのですが、まあ聞かなくてもいいでしょう。

 精霊も神様も見れないわたしにとっては、こういうことは日常茶飯事なのです。

 なんだか綺麗な缶を開けて、ロジンがわたしに差し出してくれます。中身はたくさんのクッキーが詰まっていました。わたしたちが作るシンプルなものとは違って、チョコレートや茶葉、ココアが入ったもの、ジャムが乗っているものも並んでいます。


「食べていいよ」

「ありがとうございます。……おいしい」


 バターがたくさん入っているのでしょう、さっくりとした感触と、濃い甘さ、ココアの香り。やっぱり素人が作ったのとは違うなあというわけです。ココアもこんなにたくさん入れることはできません。甘さで頭がくらくらしそうです。

 ロジンが嬉しそうにわたしを見ていたので、ちょっとうれしいのと、かなしいのとが混じりました。ハルねえさんを思い出してしまいました。

 ハルねえさん。


「……テト?」

「わ、はい。あの、ええと、すごくおいしいです。こんなにたくさん見たの初めてで……」

「よかった。たくさん食べてよ。おれひとりだと食べきれないからさ」


 確かに、ひとりだとおなかいっぱいになりそうな量でした。甘えることにして、真っ赤なイチゴジャムが乗っているものを口に入れます。


「テトは、リーダイん家も、チオラのところも嫌?」

「いやって、わけじゃないです」


 言葉に悩みます。

 嫌われたくない。


「だって、あの、すごくありがたいことだと思います。リーダイのお母さまもわざわざ来てくれて、うちにおいでって。チオラもほとんど毎日来てくれて……」

「うん……」

「でも、その、ご迷惑なので」

「……まあ、ほかのひとのお家に行くのはちょっと嫌だよね」


 ロジンがあぐらを組んで、頬杖をつきます。こういうお行儀の悪いことをしているのを見るのはあんまりないので、ちょっとだけびっくりしてしまいました。


「気にしなくていいよとか言われてもね。気にならないはずないんだから」

「はい……」

「チオラもね。あの人もなんだかんだ忙しそうだもんね」

「そうなんです。なのにいっつも来てくれるから」

「まあ、さすがにひとりはね。心配するよ」

「べつに、大丈夫なんですけど……」


 曖昧に笑います。心配されるのって、もしかしたらけっこう苦手なのかもしれないです。大丈夫って言ってるんだから、放っておいてほしい。

 急にロジンが噴き出しました。そのまま笑い続けるので、どうしようか困ってしまいます。夜なので大きい声を出しているわけじゃないのですが。ひとしきり笑ったあと、ロジンが目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら、わたしの頭を布越しに撫でました。


「いや、ごめん。あんまりハルにそっくりなこと言うもんだから」

「ええと……」

「笑い方までそっくりなんだから。いやあ、これは、リーダイもチオラも笑うだろうな」

「……そんなにですか?」


 ロジンがクッキーを口に放りこんでから、ちらっとわたしを見ました。声色が急にまじめなものになります。


「――心配されるのが嫌い?」


 う、と詰まってしまいました。濃いブルーの布をかき合わせて、顔の下半分を隠します。そんな風に言い当てられると、さすがに恥ずかしいというか、気まずいというか。

 おまえはそれだけ幼いんだと言われているような。

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