第4話 海釣りのコツ

 普段なら黒のランドセルを背負い意気揚々と学校に向かう時間。左手に海岸線を眺めながら懸命に自転車のペダルを回す。

 今日は普段と違う

 目的の海岸に着くと、目当ての魚が釣れそうな岩肌付近に自転車を停めた。

 既に浜辺には少ないながらも釣り人の姿が見られる。荷台に積んでいたリュックを背負って、僕も負けじと歩き出す。

 浜辺の砂に若干足を取られながらも絶好の釣り場を探す。

「まあまあかな」

 満点ではないが足場の確かさ、岩肌の入り組み具合からこの場所に荷物を下ろすことに決めた。すぐ隣には自分より一回り程年上に見える男の人が既に竿を振るっていた。

「こんにちはー」

「こんにちは! 若いのに朝早くから偉いね!」

 僕の挨拶に対して、輪をかけて威勢の良い言葉が返ってきた。声の大きさに少し身構えたが怖い人ではなさそうで安心した。

「隣りの人筋肉質でよく日焼けしてるな」

「海の男ってかんじだな、かっこいいなー」

  いそいそと釣りの準備に取り掛かるなか、お兄さんの——熟練の釣り姿に、心の中で感嘆の声を漏らしていた。

「どうですか、今日は釣れそうですか」

「そうだね、天気も良いし、今日は大物ががかかる可能性はある。ただ熟練の経験、技術が必要だけどね」

 そう言うとお兄さんが再び竿を振るう。軽く振っているように見えるがロッドが良くしなっている。相当のパワーが見て取れる。

「本当ですか、僕にも釣りのコツを教えて下さい!」

 お兄さんの頼もしい釣り姿に思わず縋ってしまう。

「まずは一匹、私の釣り姿から盗んで見なさい」

「はい!」


           *


「…………」

「あの……そろそろ」

 岩場に腰を掛け釣りを始めてから一時間。幸いなことに、当初は空だった僕のクーラーボックスは、アジやサバ等の数匹の釣果を示していた。

 あとは、大物の魚を目指して隣のお兄さんから釣りのコツを教わるだけだ! そう活きこんでお兄さんの釣り姿を先程から注視している訳だけど。

「おかしいな……こんなことは、年に一度歩かないかだ」

「……」

 お兄さんのクーラーボックスは空のままで……一向に釣れる気配がない。

「あ……また来た」

「……」

 むしろ僕の竿にアタリの感触が来るたび、お兄さんの視線を感じて背中が痛い。

 波打ち際で口笛を吹いて平静を装ているが「早くつれて、早くつれてくれ」と、内心強く願い続けて……、

「きたーーー!!」

「ようやくですかっ!?」

 お兄さんの叫び声に、自分の持つ竿を放り出した。大きくしなる竿から決して獲物は小さくないことが物語っている。

「この辺りの主かもしれないぞ!」

「なんて力だ、こんなの経験したことがない!」

 お兄さんは興奮のあまり声を荒げながら、体の筋肉を隆々とさせながら獲物との格闘を繰り広げていた。

 僕の方はというとその光景を見ながら両手で口元を抑えていた。何故かというと先程少し失礼な言葉を述べたことを思い出したからだ。

「が、頑張ってください、あと少しですよ!」

 我に返った僕は、慌ててお兄さんへの応援を始めた。

「くうううっ!」

「もう少し、もう少し!」

「うっ、ぅぅーーっ! えいやーーーーっ!」


           *


「これは……」

「…………」

 お兄さんと僕は釣りあがった獲物を、しばらく眺めていた。

 いや、正確に言うと、釣った魚を自信満々に見せるお兄さんと、次の言葉を心の中んで何度も呟く僕だ。

「うわー」「ちっちゃい、なにこれ」「こんなのこの辺りの主じゃないよ」「むしろ今日ぼくが釣った魚の方が大きいし」「精々食卓に出てくるサイズだよ」「しかもこれって……あれだよね、よく見るクマノミだよね」

「やった……やった! 初めて釣れたーー!」

「初めてだったー、初心者だったー」「完全に色黒ムキムキにだまされたー」

「ほら、見てみて」

 無邪気に喜ぶお兄さんをみて、気まずい雰囲気を醸し出さないよう懸命に苦笑いを浮かべた。

「それじゃあ釣りのコツを教えてあるよー」

 この場をどの様に凌ぐか考えていた僕の頭脳は、その絶望的な宣告にショートしかける。

 自信満々に僕を見るお兄さん。ふらふらとした足取りでしゃがみ込むと、目の前にある彼が使っていたロッドに触れ、曲げてみた。

「……や、柔らかっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祝賀祭餅子の日常 羽織 絹 @silkmoth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ