第3話 誕生日プレゼント

 早朝、自宅から数キロ離れた玩具屋さんまで車を走らせる。あくびをしながら車内ディスプレイに視線を送ると、時刻はちょうど午前十時を回ったところだ。

 せっかくの休日、時間を気にせずゆっくり睡眠を貪ろうと考えていたが、朝早くに布団を剥ぎ取られ、強引に起床を促された。

 突如、運転席の後ろからシートを叩く衝撃が響いてきた。

 バックミラーから後部座席の様子を伺うと、朝俺の布団をはぎ取った張本人が顔をのぞかせていた。

「今日は、私の、誕生日!」

「分かってる、今日聞いたのは二度目だからな」

 俺の返答に満足気な笑みを浮かべた幼い彼女は、「早く着かないかな」という気持ちを体を揺らしながら表現していた。


           *


 玩具屋さんに着くなり、てくてくと駆け足で中に入っていく娘を追いかけていくと、女子向けのぬいぐるみコーナーの前で棒立ちになる娘を見つけた。

「ねー、ぱぱ、あれ買って」

 娘が指さす方向へと目を向けると大中小、様々な大きさのぬいぐるみが肩を並べている。

「え、どれのこと?」

「これ」

 彼女が指さす方向に若干不安になりつつ、念押しの確認をしてみる。

「この大きな……くまさんぬいぐるみ?」

「そう」

 何故だか得意げな表情を浮かべる娘をよそに「いやでかいなー、こっそり値札見てみよ」と心の中で唱えながら、ぬいぐるみの後ろにあるタグを確認してみた。

「1万円もするのかよ!」

 想定外の値段に心の声が飛び出す。数秒後、我に返り娘の顔を確認すると先ほどまでの笑顔は消え、少しだけ不安げな表情を浮かべていた。

「流石に買えないよ」

 勇気を出した俺の一言に、彼女は自身の不安が的中したことを悟ると、一気に涙目になっていた。

「買って、……買って買って!」

「……ダメ」

「買って!買って!!買って!!!」

「ダメったらダメ」

「ひーん」

 いくら誕生日プレゼントとはいえ、諭吉さんが一枚飛んでいくものを簡単に買うことはできない。

「置いてくよ」

「ひーん」

「……」

 娘と距離を取って様子を伺っても、その場から一向に動く気配がない。両手で顔を隠しながら泣きじゃくる娘に少しずつ同情してしまう……五分くらいたっただろうか、諦めの気持ちが大きく鳴った俺は、彼女に再び声を掛けた。

「仕方ないな、大きいのは買えないけどもう少し小さいのなら買ってあげるよ」

「やったー」

 さっきまで泣きじゃくっていたはずなのに、急に笑顔が戻ったことは引っ掛かったが、虫目の笑顔には親は弱いものだ。

「うーんうーん」

「ほらあっちのくまさんのほうが小さくて可愛いんじゃないか?」

「うーん、うーん」

 よし、少しずつ小さいくまさんに誘導して行こう——高すぎるプレゼントは娘にもよくはない、これは娘の成長の為でもあるんだ。

「これも可愛いかも!」

「いいよ、可愛いサイズのぬいぐるみになったよ」

「かわいいサイズ?」

「ん? あ、いや、なんでもないなんでもない」

「じゃあレジ行こうか」

「うん!」


           *


「5万円になります」

 レジのお姉さんが発した言葉に衝撃を受ける。

 値段は可愛いくなかった、予想外、高すぎる、どうしよう、普通大きい方が高いんじやないの?

 可愛いサイズという思い込みから、レジに来るまで値段の確認を怠ってしまった。表示された値段に体が固まり目が点になってしまう——確かに毛並みが良かったもんな。

「パパ早くー」

 呼びかける娘がぬいぐるみを抱えている。お金は払っていない、まだ間に合う。

 口をぱくぱくさせながら、何とか声を、

「パパー」

「あっ、持ってちゃった」

 もう引けないー、買うしかないけど手が震える。

「5万円になります」

 明日からしばらく昼ごはん抜こう。

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