第2話 スカウト

 本日の授業が終わり、机の中にしまってある教科書を鞄にしまう。

 クラスメイトの中にはいそいそと部活に向かう男子や友達と談笑しながら帰宅する女子。何故だか私の方を見ながらモデル歩きをする女子など様々だ。

 当の私はというと学校の授業が終わったあと、母親から夕食の買い出しを頼まれていた。

 ただ、行きつけのスーパーのタイムセール時間までは若干の時間がある。それまで間、どのように過ごそうかと軽く頭を悩ませていると、先程横切った女子、私の親友でもある待慕栗子がUターンをして、私の方をちらちら見ながら歩いてきた。

「……栗子、あんたさっきからなんなの?」

 私の言葉に素早く反応した栗子は席の横に立つと、腰と頭に手を当てた、使い古されたようなポーズをとった。

「いや、答えになっていないんだけど」

 再三の問いかけにも、どこか遠い場所を見つめているような栗子の表情に、私は若干の苛立ちを言葉に込めた。

「もー、そんなに慌てないでよ、今教えてあげるからさ」

 私の調子に押された栗子は、理解できない自信を含めた笑みを浮かべていた。

「もったいぶらないでよ」

「仕方ないわね……あのね、ふふ、わたし此間の休日、買い物してたらスカウトされたんだ」

「……え、……うそ! すごいじゃない!」

 予想外の言葉に、先程までの苛立ちが吹き飛び、思わず栗子への賛辞を口から述べていた。

「ようやく世間が私のみりょ、りょくみに気づいたわ」

 教室の天井に鼻を突きさすほど高々となった栗子は、興奮して手をばたつかせる。私の方はというと先ほど述べた栗子の言葉が少し引っ掛かった。

「りょくみ?」

「りょくみ」

「……りょくみ……? ああ! 魅力ね、もうっ、業界にかぶれちゃって」

 真顔で訴えてくる彼女の言葉から、頭のはるか片隅で彼女の意図を悟った。俗にいう業界用語か。

「しかもそのあとしーすーお願いして、奢ってもらったの」

 スカウトされただけで、すっかり業界かぶれの栗子を可愛らしく感じる。仕方がない、少し付き合ってやるか。

「あんた昔からお寿司好きだもんね、ザギン、ギロッポン?」

「ぱーすーのしーすー」

 ……

「今なんて言ったの?」

「ぱーすーのしーすー」

 無邪気にそう述べる栗子を見て「スーパーの寿司だった、安上がりだな、この子良い子だわー」と心の中で突っ込みを入れてしまう。

「しかも今度写真撮影があるんだけど、これがすごいのよ、ギャラが一本だって」

「え、一本ってまさか……嘘でしょ」

「かっぱ巻き一本」

「めっちゃ足元見られてない? 撮影後のお弁当じゃないの、その場で食べ終わっちゃうよ」そんな私の心情を、かっぱ巻き一本で喜ぶ栗子には伝えられない。

「撮影に備えて今度ちゃんせいこーかっとにしてくるの」

「いや、もう何言ってるかわからないんだけど」

 今度は思わず口をついてしまった。

「え、なんて言ったの?」

 私の言葉に素早く反応した彼女は、カバンから一冊の雑誌を取り出した。かなり年季が入っている。

「聖子ちゃんカット、いや、古っ!」

 付箋が貼られたページを、栗子の促されて開いた私は、目を丸くして雑誌に釘付けになった。

「本できたら見せてあげるからね」

 当の栗子は私の反応に満足したのか、カバンを抱えて速足に教室を出て行った。

「大丈夫かなー不安だなーあの子天然だからなー」

 私は前のめりすぎる栗子の後ろ姿を、呆れつつ見送った。


           *


「超大手事務所だー、すごっ!」

 ただ、後日栗子に見せてもらった雑誌には、普段の彼女には似つかわしくない清廉な服装を纏い、さらに所属事務所が誰もが知る一流事務所であったことに唖然とするのだった。

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