やんごとなき娘

物部がたり

やんごとなき娘

 今は昔、小さな田舎の領地を切り盛りする男爵がいた。

 男爵は一代で爵位を得た、血統なきとても貧しい男爵だった。だが、巧みな節約術で、どうにかこうにか小さな田舎領地を治めていたそうな。

 そんな男爵を領地民たちは「ドケチ成金!」「イモ男爵!」と陰口をたたいているとか、いないとか。

 領地民たちから「イモ男爵」と呼ばれる、イモそっくりのドケチ成金男爵には、父に似合わず見女麗しい、やんごとなき、セレネという娘がいた。


 セレネが年頃になると「娘さんをもらいたい」と名乗り出る黄金虫たちが有象無象に現れた。が、娘は黄金虫の求婚をバッサバッサと断ってしまうではないか。

「おまえももう年頃だ。そろそろ結婚しないと行き遅れてしまうぞ……。貴族たちがおまえを欲しいと言っていってくれているのだし……。血統を繋ぎ箔をつける好機ではないか……」

 イモ男爵は遠回しに娘の説得を試みるも「心配無用です。私は美しいから」と答える性格に少々難のある娘であった。

「いやな……そのな……。確かにおまえは美しいが、そのな、歳をとればな……」

「女は若さがすべてですか。男は若い娘にしか興味ないのですか。みんなロリコンですか」


「失敬な……みんながみんなロリコンではないぞ……。だが若い方が、何かと条件が拡がるだろう……」

「女は殿方と結婚し、子を産むだけの道具ですか」

「おまえの気持ちもわかるが、女とはそういうものだろう……」

 セレネは産まれる時代が早過ぎたため、当然周りから理解されなかった。

「ではお聞きしますが、お父様は本当に私がいなくなってもいいのですか。きっと困るのはお父様ですよ」

 そう言われてはイモ男爵に返す言葉はなかった。

 今の暮らしがあるのは、セレネのおかげだったのだ。


 *             *


 それからしばらしくて、男たちを手玉にとる娘がいるという噂は広まり、有力な男爵、子爵、伯爵そして更に侯爵までも「娘さんをもらい受けたい」と名乗り出てきた。

「侯爵だぞ! 娘よ! 侯爵なのだぞ! 一介の男爵の娘が侯爵の妻になれる機会なぞ、そうあるものではないのだぞ!」

 いつも娘の尻に敷かれているイモ男爵も、どうにか強情なセレネを説得しようと躍起になった。

「娘よ……お願いだ。侯爵と結婚してくれ。そうすれば、一生安泰なのだ。さすれば儂もウハウハなのだ!」


「お父様は目先の欲に目がくらんでいるのです。今の暮らしだって民から税を搾取しつつましながら、十分幸せな生活を送れているではないですか」

「このわからずやめ! 儂はもっと贅沢がしたいのだ!」

 結局、イモ男爵の頼みを押し切って、娘は彼らの求婚をすべて断ってしまった。しかし、貴族たちも諦めていなかった。貴族たちはそれぞれが持つ一番貴重な宝物を持参して再びセレネに求婚した。

「どうですか、この宝石は世界に数えるほどしかない貴重品です」


 七色の光を放つ宝石を持参した男爵がいった。

「こちらの方がもっと貴重ですよ。これは、数年前にやっと手に入れた世界に一つしかない宝石です!」と子爵がいった。

「なんの! 私の妻となってくれるなら、こんな貧乏領では経験できない暮らしをさせてやるぞ!」と伯爵がいった。

「私と結ばれれば、豪華絢爛な暮らしが一生遅れるのだぞ」と侯爵がいやみったらしくいった。

 それらの甘い誘いすら、当然セレネはすべて跳ねのけてしまう。

 もう、セレネの考えていることは誰にもわからない。


「申し訳ありません。今のところ私はどなたとも婚約するつもりはありません」

 セレネはそう宣言するが、なんせプライドの高い貴族たちは振られたことをいいように解釈して、受け入れようとはしなかった。

 男たちが余りにしつこいので、セレネは諦めさせるために無理難題を言いつけることにした。

「でしたら、今から私がいう物を手に入れたお方の妻となりましょう」


 セレネは鉛を金に替えると謳われる「賢者の石」、一角獣ユニコーンの「角」、遥か昔アダムとイブが食べた「知恵の実」、アーサー王が探し求めた「聖杯」を探せといった。

「これらのどれかを手に入れて来た者の妻となりましょう」

 冗談とは思えない本気の物言いに、貴族たちはあっけにとられた。

 セレネとて、こんな条件を提示すれば引き下がると踏んでいたが、なんせプライドの高い貴族たちは一様に「わかりました。お持ちしましょう」といって伝説の秘宝を探す旅に出た。


  *             *


 貴族たちは各地を渡り歩き、何年にも及ぶ冒険に継ぐ冒険の末に伝説の秘宝を手に入れた。

「セレネよ。あなたがいった賢者の石を東方の秘境より手に入れて参った」

 男爵がルビーのように赤い輝きを放つ石を、セレネの元に差し出した。

「これをごらんなさい。間違いなく一角獣の角であろう」

 続いて、子爵が巨大な一本の角を差し出した。

「ふん、何だそんなもの。これがかのアーサー王も探し求め、キリストが最後の晩餐の際に使われた聖杯だ」

 伯爵が勝ち誇ったように差し出した。


 娘はそれらの秘宝を眺めて、無慈悲に言い放った。

「これらはすべて贋作ですね」

 貴族たちに走る稲妻……。

「ななななななな、なにを言うか!」

「ぶ、無礼であろう!」

「我々が探し出した秘宝が偽物だと?」

 普通の精神の持ち主なら前言撤回するが、この娘は違う。

「偽物です」ときっぱり言ってしまう。

 貴族たちは青筋を立て「どうして偽物だとわかる!」と怒り出してしまった。


 セレネは現実主義者のため、賢者の石とか、ユニコーンの角とか、イエス・キリストが最後の晩餐のときに使用した聖杯など信じていなかったが、それを言ってしまえば余計に怒らせてしまうと思ったので、ちゃんと偽物であると断言する根拠を提示してみせた。

「これ辰砂しんしゃと呼ばれる石ですよね?」

 セレネの発言に男爵は、ギクッという顔をした。

「このユニコーンの角も、イッカクという動物のものですね。ユニコーンの角にしては大きすぎやしませんか? この大きさの角をもったユニコーンって何十メートルになるんですか」

 子爵もギクッといった。


「そして、聖杯ですが、これは偽物と断定する根拠は悔しながらありません」

 伯爵は勝ち誇った顔で、他の貴族たちをいつものように見下した。

「ですが、本物だという聖杯は各地にあります。伯爵様も、この聖杯が本物だとどう証明されるのでしょう」

「そうだそうだ!」と男爵と子爵も伯爵の足を引っ張る。

「証明もなにもない。高い金をはたいて、やっと手に入れてきたのだ! 本物に決まっているだろっ!」

「他にも本物だとされる聖杯を持っている人たちからすれば、自分が持っている聖杯が本物だと言い張るでしょうね。では、聖杯の所有者たちで討論し、キング・オブ・聖杯を決めようではありませんか。本物だと証明できない限り、私はあなたの妻になれません」

 

 セレネの講釈に伯爵は歯ぎしりした。

 続いて事務処理的に「侯爵様は秘宝を手に入れられましたか」と侯爵に問うた。

「いえ、各地を彷徨い歩きましたが、とうとう手に入れることはできませんでした……」 

 侯爵は膝を着いて、セレネの手を取りいった。

「ですが、これでよかったのだと思います。リンゴの果実言葉には『誘惑』と『後悔』という言葉があります」

「はあ……」

「リンゴの果実がない。つまり後悔リンゴがない。リンゴ《後悔》はありません。けれど愛だけはあります! 男爵、子爵、伯爵よりも、私はあなたを愛しています。女性にとって、愛される以上の宝がありましょうか」 


 だが侯爵のプロポーズも現実主義者のセレネには効かなかった。

「誠に嬉しいですが、それでは他の殿方に面目が立ちません」

「そうだそうだ」の歓声。 

 結局、セレネは誰の求婚も受けなかった。

 貴族たちの求婚をすべて断ってしまうと海老で鯛を釣るがごとく、なんと、ラスボス公爵が娘をもらい受けたいとやって来たではないか。

 普通の娘なら、奇跡のような玉の輿。受けないはずはない。が、セレネは違う。公爵の誘いすら断ろうとしたが、今度という今度は父親が許さない。

「おまえは、おまえは、おまえは……」

 イモ男爵は膝から崩れ落ちて泣いてしまった。


 母や兄たちも泣いてしまった。

「まあまあ、お父様、涙をお拭きになって」

 娘が差し出したハンカチはすぐに涙でびしょびしょになってしまった。母も兄たちも、涙で情に訴える。

「お願いだ。一生のお願いだ! 公爵の求婚を受けてくれ……。お願いだ……。公爵と結婚してくれるなら、おまえの靴でも何でも舐めるから」

 イモ男爵は頭を床にこすりつけて懇願する。

「嫌ですよ。気持ち悪い……」


「わたくしからもお願いします」

 母と兄らも父と同じように床に頭をこすりつけてお願いする。

「どうして、それほどまでに結婚して欲しいのですか」

「わかっているだろ……。貴族同士の結婚がどのような意味を持つか。当然、それだけではないぞ。おまえの幸せを想って言ってるんだ。こんな質素な暮らしをせずとも、結婚すれば贅沢し放題。そして我々もドケチ男爵などとなじられることもなくなるのだ!」


 家族に脅迫とも思われるお願いをされては、セレネもとうとう逃げることができないと諦めた。

「わかりました。公爵様と結婚しましょう」

 その後、セレネは「パンが無ければ、お菓子を食べればいいじゃない」というように、イモ男爵の領地にいたときには考えられない豪華絢爛、贅沢三昧な生活を送ったそうだ。

 その豪華絢爛な暮らしが民衆たちの反感を買い、後に起こる革命の火種になったとか、ならなかったとかいう話でございます――。

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