恋心の結晶
華川とうふ
恋のカタチ
「雪の結晶は一つとして同じ形のものはないらしいよ」
最初の雪が私のコートにひらひらと落ちてきたとき、彼はそんなことを言った。
雪の粒は紺色のウールの上でしばらく形をとどめた後、アイスクリームより簡単にとけて消えてしまったけれど。
彼との恋もたった一つだけだと思っていた。
人生でたった一つの恋。
でも、実際にはそんなことなんてないのだ。
雪の結晶が一つとして同じ形はなくても、私たちがそれを雪の結晶として認識でように恋っていうのはある程度、形が決まっているだ。
男か女か主導権を握るのはどちらか、年上か年下か、愛しているのか愛されているのか。
だいたいそんなもので恋の形は決まっている。
一度だけの恋とかそんなものは存在しない。
誰と付き合おうとも、結局はどこかで聞いた恋の物語をなぞっている。
人間という生き物なのだから仕方ない。
そもそも、恋をするのに、いちいち全く違うもので先が読めなければ社会生活だってままならなくなってしまう。
次に何が起こるのか分かっている方がずっといいのだ。
恋をするたびに、初恋のようにドキドキしていたら体がもたない。
初恋以外の恋はすべて知っていることをいかに上手にこなすかというものだった。
まったくドキドキしないわけではないけれど、あの時ほど自分の心が誰かのものになってしまったなんて感覚はない。
自分の細胞の一つ一つが新しいものに生まれ変わり、愛情の中に浸されるような高揚感。
どんなに素敵な人と付き合っても、私の望むものをすべて差し出してくれる人と付き合ってもあの感覚がよみがえることはなかった。
恋愛なんてこんなもの。
真剣になりすぎずに、社会生活を送り、家族を形成する。
その方が生物らしいと思っていた。
種として繁栄する。
人間ならば、衣食住に困らない生活水準を満たし、子供に十分な教育を受けさせるためには恋愛にそこまでさの執着があってはいけないのだ。
そんな自論にたどりつき、妙にしっくりきていた。
気が付くと私は適齢期になり、条件のよい婚約者とデートを繰り返していた。
良い会社に入り、ギャンブルなどしない。常に穏やかで友人も多い。
そんな彼をみて、周囲はみな感心していた。
次の六月には式をするために、式場の予約まで済んでいる。
私の人生はまさに完璧という言葉がぴったりの状態だった。
だけれど、私の人生は変わってしまったのだ。
あの雪の日に。
春が来たといのに、雪が降り、信じられないくらい人々の生活が制限されたあの雪の日。
私は、彼と再会したのだ。
彼のさす傘には無数の雪の結晶が降り積もり、少しでも彼が動けばさらさらと粉雪が舞った。
――あれから三年。
私はまだ結婚できずにいる。
婚約者との幸せな未来を投げ出して、やめるはずだった仕事にしがみついている。
彼に再会して分かった。
雪の結晶の形に同じものがないように、私の人生でも彼が唯一無二だった。
体中の細胞が彼を求め潤む。
ずっと、恋をしても何も感じてこなかったのは誰にも恋なんてしていなかったから。
形が一緒にみえるのは、ただ、その形を真似て恋愛ごっこをしているだけだったのだ。
人として生まれ、彼に恋をするために生まれたそんな風に感じる。
だけれど、分かっていることがもう一つだけある。
彼にとって私は唯一無二ではない――ということを大人になった私はしっている。
雪が止んだら、きっと彼は妻と子どもが待つアパートに帰っていくのだろう。
恋心の結晶 華川とうふ @hayakawa5
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