第53話 妹の衰弱と早期撤退と結婚式の約束

 暗殺部隊も銃撃戦に参戦したので、ありとあらゆる場所から銃声が轟くようになった。


 三つ巴の銃撃戦は、参加者全員が軍隊経験者なので、射撃は正確だったし、仲間をカバーする動きも素早かった。


 銃撃には一定のリズムがあったし、身のこなしは機械のように精密だ。


 まるで殺人ロボットたちが、楽器から弾丸を飛ばして、踊っているようだった。


 そんな前衛芸術のごとく熾烈な争いだが、第六中隊が無事に逃げきれば、暗殺部隊の勝利になる。


 ムルティスは、救出した妹の状態を調べた。


「ミコット、もう大丈夫だ。お兄ちゃんが助けにきたぞ」


「息が苦しいの、お兄ちゃん……」


 ミコットは、かなり衰弱していた。


 心臓の病気が悪化して入院した子が、いきなり誘拐されて、こんな過酷な状況に追い込まれたら、体調を崩して当然だった。


 このままでは、心労が原因で病気が悪化して、死んでしまうかもしれない。


 いますぐミコットを現場から連れ出して、病院に戻す必要があった。


「大尉、いますぐ妹を病院に戻したいんです。なんとかなりませんか」


 ムルティスが懇願したら、チェリト大尉は難しい顔になった。


「外の銃撃戦は仲間たちに任せて、おれたちは所長室を中心に持久戦をやるのが一番確実なんだが……お前の妹、医者に見せないとまずそうな顔色してるな」


 ミコットの顔色は土気色であった。おまけに脈拍は弱まっているし、髪や爪にすら生気がない。


 このまま戦場に長居したら、確実に心臓が壊れてしまうだろう。


 ガナーハ軍曹は、所長室の窓から、屋外の銃撃戦を偵察した。


「大尉、この部屋の真下がホットスポットです。壁を破壊して外に逃げるのは、現実的じゃないですね」


 所長室の位置が悪すぎた。屋外に面した壁側には、この戦場でもっとも激しい銃撃戦をやっている正面玄関があるのだ。


 もし所長室の壁を破壊して外に出ようとしたら、その瞬間にハチの巣になるだろう。


 チェリト大尉は、臨時造幣局の見取り図をじっと見て、逃走ルートを考えた。


「侵入に使った防空壕から逃げよう。すでに敵に察知されてる可能性もあるが、要救助者を抱えたまま移動するとなれば、他のルートより確実だ」


 所長室の外には、すでに敵の気配が集まりつつあった。


 自分たちが通ってきた道をそのまま戻ろうとしても、安全なルートとは言えない状態だった。


 妹の体調から考えて、素早い移動は無理だ。


 誰かが囮になって、敵の目線を引きつけておかないと、逃げきれないだろう。


 ムルティスは、チェリト大尉に頼んだ。


「大尉、うちの妹を外に逃がしてくれますか? 俺が囮になりますから」


 チェリト大尉は、戦局を確認しつつ、深刻に悩んだ。


「かなり危険な役割だぞ。いくらミスリル防弾アーマーを装備してても、何発かライフル弾を受ければ壊れるんだ」


 もし敵の弾丸が一発でも貫通して、ムルティスの肉をえぐることになったら、造幣局の床に血が垂れてしまって、ブラックドラゴンが召喚されてしまう。


「しかし他に手段がありません。妹は体力が低下していますから、素早く走れないんです。俺が囮をやらないと、撃ちやすい的になってしまいます」


 チェリト大尉は、数秒ほど悩んで、やがて決断した。


「そうだな。お前の覚悟は受け止めたよ。おれが責任をもって、お前の妹を逃がそう」


 さっそくムルティスが囮を引き受けようとしたら、兄貴分であるガナーハ軍曹が心配した。


「妹の命だって大切だが、お前の命だって大切だろう。集中砲火を受けたら、その鎧でも持たないぞ」


 ムルティスは、苦笑いしながら、心臓のドナーについて話した。


「この戦いで死ぬつもりはないんです。自分の心臓を妹に移植するつもりですから」


 ガナーハ軍曹は、腰を抜かしそうなほどびっくりした。


「自分の心臓を移植って……最初から死ぬつもりだったのか、ムルティス!」


 ドナーについては、初めて公表したので、チェリト大尉も、リゼ少尉も、驚いていた。


 他でもない妹のミコットだって、泣きそうな顔で耳を傾けていた。


 だからムルティスは、きちんと説明した。


「ドナーが見つかりそうになかったし、俺の血液があるかぎり暗黒の契約書は発動条件を満たしたままでしょう。だから妹に心臓を移植してしまうんですよ。これで妹は助かるし、世界は平和なままですよ」


 ムルティスは覚悟を完了していた。


 ドナーは見つからないし、もはや悠長に探している時間もない。


 妹の心臓は持たないのだ。


 ガナーハ軍曹は、所長室の壁に飾ってある国内の地図を見つめた。


「ドナーが見つからないか……悲しい世の中だ。わかった、最後まで一緒に戦ってやる。最後までな」


 最後まで一緒に戦う、という言葉を、他の誰かがいったら、もっと軽い意味になったんだろう。


 だがガナーハ軍曹という兄貴分が発言することで、まるで魔法の儀式みたいに重くて堅い誓いとなった。


 そんな兄貴分と弟分の会話に、婚約者のリゼ少尉が割り込んだ。


「軍曹、死んじゃダメよ。あたしと結婚する約束でしょ」


 彼女は本気で心配していた。弟分を守るために、愛しの彼が死んでしまうのではないかと。


 ガナーハ軍曹は、リゼ少尉と力強く握手した。


「傷痍軍人のレストランを開くとき、少尉の協力がなかったら、きっとうまくいかなかったんだろう。本当に助かったよ、ありがとう」


「まるで今生の別れみたいなことをいわないで。生き残ると約束して」


 リゼ少尉は、ガナーハ軍曹の胴体にしがみついた。肉体だけではなく、魂も捕まえて、二度と離さないといわんばかりに。


 ガナーハ軍曹は、観念したらしく、おめでたい決断をした。


「そうだな。この戦いが終わったら、結婚式を挙げよう」


 ただ生き残ると約束するより、結婚式を挙げると約束するほうが、より確実であった。


 局地戦の真っ最中であっても、ムルティスとチェリト大尉は、ぱちぱちと拍手した。


 大切な仲間である彼らの結婚式は、きっとすばらしいものになるはずだ。


 ガナーハ軍曹のタキシード姿も、リゼ少尉のウェディング姿も、ちょっと想像しただけで、抜群に似合っていると思った。


 ムルティスは、兄貴分の結婚式が、いまから楽しみであった。


 たとえ心臓を妹に移植してこの世を去っても、あの世から結婚式を見られると思えば、死後の楽しみが増えた。


 リゼ少尉は、満開の花みたいに微笑むと、ガナーハ軍曹の背中をバシバシ叩いた。


「結婚式はあたしが主役だからね。かわいくかっこよくおめかしして、みんなに自慢してやるんだから、あたしはこんなに幸せだって!」


 すっかり戦場であることを忘れたかけたとき、チェリト大尉が仲間たちに声をかけた。


「さて、三つ巴の銃撃戦が一時的に落ち着いたみたいだ。いまのうちに所長室の外に出て、各自の配置につくぞ」

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