第52話 人質救出と使用済み紙幣と屋内戦闘

 政府警察グループは、傭兵グループとの銃撃戦に意識を割かないといけないので、人質であるミコットに構っている余裕がなくなった。


 ディランジー少佐は、人質交渉が中断されたので、暗殺部隊に指示を出した。


『政府警察グループと傭兵グループが潰し合いを始めてくれた。この機会を利用して、人質救出チームを屋内に潜入させる。各員、指示があるまで発砲するなよ。人質を救出してから交戦開始だ』


 人質救出チーム――ムルティスたちは、順調に地下ルートを進んで、臨時造幣局の警備が弱い部分に到達していた。


 焼却炉の真下である。


 だが、いきなり屋内に潜入して、敵と鉢合わせたら悲劇なので、リゼ少尉が生命探知の魔法を使った。


 無色透明の魔力の波が、建物の真下から、屋内全域に広がっていく。


 政府警察グループの戦力は、所長室を守るように配置されていた。


 おそらく妹のミコットは、所長室に監禁されているんだろう。


 なお侵入ポイントである焼却炉は、まったく警戒されていなくて、完全な無人だった。


 ただし、生命探知の魔法は敵側も使えるため、彼らが地下ルートに気づく前に、ミコットを救出する必要があった。


 もちろんこの戦いが、三つ巴であることを忘れてはいけない。


 現在、暗黒の契約書を保持している傭兵グループは、人質なんて関係なく、この場でムルティスを負傷させればいいだけだ。


 たった一滴でも血液が地面に落ちれば、ブラックドラゴンがこの世に出てくる。


 それを防ぐために、ムルティスはミリタリーグレード最上位の防弾アーマーを装着した。


 戦士ギルドお抱えの防具職人が作った、防弾・防魔のフルプレート鎧だ。材質は最新の繊維学で強化されたミスリルである。


 拳銃弾ならすべて弾けるし、ライフル弾もほぼ防げる。12・7mmの対物ライフルだって角度によっては防げた。


 ただし弱点も相応にあった。


 激烈に重いため機動性を失うことになる。


 しかも人間が持ち運べる重さでは、装甲の厚さに限度があるため、ライフル弾が数発ヒットしたら、亀裂が走って強度が落ちる。


 そもそも一軒家を買えるほど高価な装備だから量産もできない。


 しかし今回の作戦では、ムルティスが一滴も血を垂らしてはいけないので、この装備が適切であった。


 リゼ少尉が、侵入ポイントである天板に、手のひらを向けた。


「天板を削るわよ。かつて社長に命じられた、使用済み紙幣を扱う焼却炉に出るわ」


 掘削炎竜の魔法を発動。地盤の隙間に炎の竜が入り込んで、コンクリートや砂を解体。


 あっという間に大穴が開いて、建物内につながるルートが生まれた。


 そこに油圧式簡易エレベーターを接続して、第六中隊のメンバーたちは臨時造幣局の焼却炉に侵入した。


 さきほど生命探知の魔法で調べたように、無人である。


 なおテロリストに占拠されてしまったせいで、処分予定だった使用済み紙幣は、麻袋に詰め込まれて、無造作に放置されていた。


 ガナーハ軍曹が、大げさなため息をついた。


「バカバカしいな。政府と警察のテロリストが建物を占拠したせいで、こんな簡単に金目のモノに近づけるなんて」


 チェリト大尉は悪い笑みを浮かべた。


「せっかくの記念だ。こいつを防空壕に落としておこう。少佐に働かされた正当な報酬として、暗殺部隊で山分けするんだよ」


 第六中隊のメンバーたちは、使用済み紙幣を詰め込んだ麻袋の山を、防空壕に蹴り落としておいた。


 この作戦が終わってから回収すれば、かなりの稼ぎになるだろう。


 それはさておき、臨時造幣局の見取り図を取りだして、所長室へのルートを確認する。


 チェリト大尉は、赤ペンでルートを記した。


「すぐそこにある階段を上っていけば、所長室のある廊下だ」


 ガナーハ軍曹は、焼却炉のある部屋から、ちらっと顔だけ出して、階段の様子を確かめた。


「階段手前には敵影なしですが、発砲音の感じからして、階段の中腹あたりで誰かが交戦中ですね」


「ステルスで行動するぞ。人質を救出するまではな」


 第六中隊の四人は、息を潜めたたま階段に近づいていく。


 すぐ隣の通路で、銃撃戦が起きていた。


 せっかく漁夫の利を得ているのだから、二勢力の銃撃戦には一切干渉しないように、足音と気配を消して、暗がりを移動していく。


 ガナーハ軍曹の予測通り、階段の中腹に敵兵がいた。


 敵兵は、小窓にアサルトライフルを突っ込んで、駐車場に銃撃しているため、背後に忍び寄る影に気づいていなかった。


 チェリト大尉が無音で近づいて、短めのショートソードを引き抜く。


 鮮やかな一閃。背後から敵兵の首を一撃でハネた。


 士官学校の古典教養として剣術があるので、チェリト大尉は剣と魔法の時代みたいな戦闘も可能であった。


 だが階段の中腹から銃声が消えたことを、敵の仲間が不審に思ったらしい。向かい側の踊り場から顔を出して、階段の様子を確かめようとした。


 このままでは第六中隊の潜入が気づかれてしまう。


 しかしリゼ少尉が、魔法使いの実力を発揮。疾風鎌の魔法を発動。静かな風の刃が、敵の喉笛を切り裂いた。ひゅうひゅうと息が抜ける音がしてから、どさりと仰向けに倒れた。


 見事な連携プレイにより、第六中隊は、敵に発見されないまま、階段を上りきった。


 チェリト大尉は、ハンドサインで仲間たちに待機の指示出すと、スネークカメラを使って、所長室前の廊下の様子を確かめた。


 見張りの敵兵が二人いた。人質を奪い返されないように守っているんだろう。


 だが扉の前に直立不動で、正面を向いているだけなので、狩りやすい標的だった。


 第六中隊の四人は、サイドアームの拳銃にサプレッサーを装着すると、一斉に発砲。ばしゅんばしゅんっと減音された発砲音が合計十六発響いて、見張りの二人はあっさり倒れた。


 誰にも発見されずに、邪魔者の排除を完了した。


 ようやく所長室の攻略である。


 チェリト大尉は、ふたたびスネークカメラを起動すると、所長室の扉の下に差し込んで、内部の様子を調べた。


 捜査本部の刑事は、無線機を耳に当てて、戦況を調べていた。


 妹のミコットは、ソファーに寝そべって、苦しそうな顔をしていた。


 護衛の兵士はなし。罠もなし。


 チェリト大尉は、ガナーハ軍曹にハンドサインで指示を出した。


 突入開始。

 

 ガナーハ軍曹は、リザードマンの屈強な肉体を活かして、重くて頑丈な大盾を構えた。二歩だけ下がって助走距離を確保したら、まるで破城槌をぶつけるように、扉へ体当たり。


 がしんっと木製の扉を粉みじんに破壊して、所長室に突入した。


 捜査本部の刑事は、さーっと青ざめた。


「お前らどこから入ってきた!? というか、見張りはいったいなにをしてたんだ!?」


 というセリフは、最後まで言えなかった。


 先頭で突入したガナーハ軍曹が、突進の勢いを緩めることなく、強靭な脚力でさらに加速。自らの体重、大盾の質量、軍馬並みのスピードで、シールドバッシュを決めた。


 まるで交通事故みたいな激しい衝突音が響くと、刑事は全身の肉と骨をばきばきに壊されて、さらに真後ろに押し込まれていく。


 そのまま所長室の壁に叩きつけられて、カエルの標本みたいにぐちゃっと潰れた。


 所長室の制圧完了。人質を無事に救出した。


 チェリト大尉は、ディランジー少佐に報告した。


「第六中隊から本部へ。人質を救出した」


 ディランジー少佐が、車両指揮所から、暗殺部隊に命令した。


『本部了解。暗殺部隊、交戦開始だ。テロリストをせん滅して、暗黒の契約書を奪い返すぞ』

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