第56話 新しい友達の最期と、本当の裏切りもの

 ムルティスは、堂々と連絡通路を渡ると、負傷したジャラハルの手を握った。


「病院へ行こう。いますぐ回復魔法と手術を同時に行えば、肩の関節も元通りだ」


 ジャラハルを恨む気持ちは、不思議となかった。


 もちろんガナーハ軍曹の右手を撃ったことは、許せないことだ。


 しかしジャラハルは妹を助けてくれたし、ムルティスを殺すつもりがなかった。


 ならば狙撃戦に勝利した時点で、もうこれ以上殺し合う必要はないと判断した。


 ジャラハルは、ムルティスの手を握って立ち上がると、手すりに腰かけてから、ふーっと息をついた。


「治療はしなくていい。お前にやられるなら本望だ。暗黒の契約書を持っていけ」


 ジャラハルは、背中に固定してあったショルダーポーチを、ムルティスに渡した。


 中身は、暗黒の契約書だった。


 黒い本が、まるで生き物みたいにどくんどくんっと跳ねていた。


 表紙の文字も、紙の材質も、ぞわっとするほど不吉な装丁であった。


「ジャラハル、なにをするつもりだ。俺と一緒に病院に行くんだろう?」


「ワタシの夢に付き合ってくれた部下たちは、みんな死んでしまった。その責任を取らないといけない」


 ジャラハルは、手すりを後ろ向きに乗り越えると、三階から一階に落下していく。


「待て、ジャラハル! 俺と一緒に観光スポット巡りをしてくれるんだろう!」


 ムルティスは手を伸ばした。だがまったく間に合わない。


 ジャラハルは自由落下しながら、満足げに微笑んでいた。


「ありがとうムルティス、お前は最高の友達だった」


 彼は明るい表情のまま、後頭部から地面に激突して、死亡した。


 死体だと思えないほど、爽やかな雰囲気だった。


 完全にやりきった男の顔であった。


 ムルティスは、ぺたんっと尻餅をつくと、ライフルを投げ捨てた。


「責任……か」


 臨時造幣局では、とんでもない数の兵士が死んでいる。


 だが誰もが自分の死に方に満足していた。


 ガナーハ軍曹ですら、満足げに死んでいた。


 きっとみんな半年前の戦争にケジメがついたんだろう。


 死んだ本人が満足しているなら、こんな死臭だらけの結末でも、よかったのかもしれない。


 そう思ったムルティスは、暗黒の契約書が入ったショルダーポーチを肩に引っかけて、臨時造幣局の外に出ることにした。


 建物を包囲した軍隊に誤射されたくないので、チェリト大尉が脱出に使った裏口に向かっていく。


 ディランジー少佐に、暗黒の契約書を引き渡せば、ようやくすべてが終わる。


 徴兵されてから、造幣局の戦いを終わらせるまでの人生は、あまりにも激動すぎて、現実味がなかった。


 だがすべて本当のことだ。ガナーハ軍曹と出会ったことも、ついさきほど死んでしまったことも。


「……せめてガナーハ軍曹が生きてればなぁ」


 自分の心臓を妹に提供するからこそ、兄貴分に遺志を継いでほしかった。


 だが軍曹は死んでしまった。


 どんな顔をしてリゼ少尉に伝えればいいんだろう、婚約者は結婚式を前にして死にました、と。


 とても憂鬱な気持ちで、裏口から外に出たら、なぜか頭上から攻撃魔法が飛んできた。


 雷撃の魔法だ。


 ジグザグの魔法の雷が、真っすぐムルティスに落ちてくる。


 まったく予測外の方向から攻撃魔法が飛んできたせいで、回避する余裕はなかった。


 魔法の雷が直撃。目がちかちかするほど感電して、肉と皮膚と神経が真っ黒に裂けていく。


 ムルティスは重傷を負って、地面に倒れた。


 焦げた皮膚から、どくどくと真っ赤な血が漏れてきた。


 そう、血液だ。


 他でもない、ユグドラシルの木を折ったムルティスの血液なのだ。


 暗黒の契約書の条件を満たしてしまった。


 だが、誰が攻撃魔法なんて撃ったんだろうか?


 敵の魔法使いは、リゼ少尉が倒したはずなのに。


 疑問の答え。清掃用ゴンドラに乗ったリゼ少尉が、ムルティスに手のひらを向けていた。


「ごめんね、ムルティス。あたし、政府警察グループのスパイだったんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る