第55話 狙撃戦

 二人のスナイパーが、お互いの位置を探り合っていた。


 ムルティスが東棟にいて、ジャラハルが西棟にいる。


 臨時造幣局の形は凹型だから、二つの棟の合間に都市銀行があって、二つの棟を繋ぐのは各階層にある連絡通路のみだ。


 お互いの距離は、おおよそ五十メートル以内。


 近距離の狙撃戦だった。


 邪魔する者はいなかった。みんな死んでしまったから。


 この戦い、ムルティスのほうが不利である。


 ジャラハルは、ずっとムルティスの動向を探っていた。その恩恵で、先制攻撃でミスリル防弾アーマーを破壊できた。


 だがムルティスは、今日のジャラハルが、どんな衣服を着ているのかすら知らない。


 このままではジリ貧なので、敵の位置を探るために、遮蔽物から顔を出した。


 それといった情報は取得できなかったが、すぐに顔を引っ込めた。


 カキン、っと、さきほど顔を出した位置に、ジャラハルの撃った弾が当たる。火花が散って、跳弾が観葉植物の根元をえぐった。


 銃声と着弾の角度から、敵のおおよその位置を割り出す。


 二階の非常階段付近だった。


 だが優秀なスナイパーは、同じポイントで狙撃を繰り返さない。一発撃ったら、次の狙撃ポイントに移動したはずだ。


 ムルティスも隠れる場所を変えていく。


 足音を神経質に消さないといけない。衣擦れの音だって抑える必要があった。


 どんな些細な情報だって相手に取得されてはいけない。


 狙撃戦とは、お互いの情報を奪い合う戦いなのだ。


 五感と第六感を駆使して、環境の情報から敵の位置を探りだしていく。


 匂いも優秀な情報源だ。ただし屋内に血と硝煙の香りが充満しているため、敵の匂いだけ拾うのは困難だった。


 となれば、音を頼りたくなるが、雑音が屋外からいくらでも入ってきた。


 どうやら軍が造幣局を包囲して、関係者以外立ち入り禁止にしているようだ。都市部での戦いだから、野次馬やマスコミの数は多く、バカバカしいことに流れ弾で負傷したやつもいるらしい。


 はっきりいって邪魔だった。いくら戦闘は環境を選べないといっても、優秀なスナイパー同士の一騎打ちに関わってほしくなかった。


 という雑念ですら捨てて、真摯に敵の情報を拾うために、ムルティスは一階に降りていく。


 下り階段の中腹に、さきほど拳銃で撃った敵兵が倒れていた。どうやら出血多量で死亡したらしい。


 なにかの運命みたいに、この死体の近くに台車が置いてあった。


 ムルティスは死体に祈りを捧げてから、自分の上着を着させて、すぐ近くに転がっていたアサルトライフルを持たせた。


 次に死体を台車に載せると、いかにも伏せ撃ちみたいなポジションに手足の位置を固定してから、ロビーに蹴りだした。


 がらがらと物音をたてて、死体を乗せられた台車が、一階ロビーに飛び出す。


 その瞬間、正確な射撃で、死体の肩が撃ち抜かれた。


 やはりジャラハルの狙撃は正確だ。今回も肩を狙っていた。どうやらこちらを殺害するつもりはなく、負傷させて出血させたいだけらしい。


 ということを一瞬で考えつつ、死体に着弾した角度から、ジャラハルの正確な位置を割り出した。


 カウンタースナイプ。


 ムルティスは、ジャラハルの隠れている三階の踊り場を撃った。


 だがジャラハルは、すばやく頭を引っ込めて回避。


 狙撃はよけられてしまったが、ジャラハルの衣服を確認できた。


 普通の都市迷彩だ。


 表情も一瞬だけ見えた。まるで難解なパズルに立ち向かう知者みたいに、狙撃戦を解き明かすことに熱中していた。


 ムルティスも同じような心意気で狙撃戦に挑んでいた。


 たとえ言葉を交わさなくても、この真剣勝負に賭けているものが伝わってきた。


 スナイパーとしての魂である。


 技術と心意気と魂が共鳴したことにより、この戦いの先行きが浮かび上がってきた。


 撃って撃たれて回避して、を一通りこなしたことにより、お互いの手の打ちが透けて見えたのだ。


 どんな場所に隠れて、どんなところを撃ちたいのか?


 ムルティスは、三階に上がりたい。


 ジャラハルは、三階を維持したい。


 まるで西部劇の決闘みたいに、ムルティスを階段をゆっくり昇っていく。


 三階に到着。だが三階の廊下には顔を出さない。


 右回りのルートに進むのか、それとも左回りのルートに陣取るのか。


 二つに一つ。


 ムルティスは、頭を働かせた。


 かつてBMPの大きな取引をしたとき、ジャラハルはどんなポジションから、ムルティスの肩を撃ち抜いたのか?


 彼は木の上に陣取っていた。


 どんな条件の木だったのか?


 左に歪曲して、自分の左半身を隠しやすい木だった。


 スナイパーの癖は、そう簡単に変わるものではない。


 きっと今回も、左回りを選ぶはず。


 ムルティスは、まるで賭け事で勝負するみたいに、左回りルートにスコープを向けた。


 ジャラハルの姿をきっちり捉えた。


 だがジャラハルも、スコープでムルティスを捉えていた。


 おそらくムルティスも癖を読まれて、この角度でスナイパーライフルを構えると推理されたんだろう。

 

 二人のスナイパーが、すでにターゲットを照準している。


 あとは反射神経勝負だ。


 ゼロコンマ一秒の世界で、引き金にかけた指が動いていく。


 ただし力みすぎれば銃口がブレて、狙ったところに弾丸が飛んでくれない。


 指先と引き金が一体化して、神経の一部みたいに動いていく。


 体感時間は引き延ばされて、ほんの一瞬の出来事が、三分ぐらいの出来事に感じた。


 二人の引き金は、撃針が雷管の底を叩くところまで到達した。


 ほぼ同時に発砲。


 二つの銃声が轟いて、二つの弾丸が真っすぐ飛んでいく。


 ちりりんっと、二つの空薬莢が地面を叩く音が、鉄琴のように響いた。


 だが、銃声が発生するタイミングも、空薬莢が地面を叩くタイミングも、ほんのわずかだけ、ムルティスのほうが早かった。


 ムルティスは、狙撃の精度では、ジャラハルに負けている。


 だが、早打ち勝負では勝っていたのだ。


 ジャラハルの左肩をライフル弾が貫通。肩と鎖骨の骨が砕けて、スナイパーライフルを両手で保持できなくなった。


 近距離での狙撃戦、ムルティスの勝利であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る