第50話 ディランジー少佐の事件簿 その4

 三つ巴の戦いだが、完全な膠着状態というわけではなかった。


 人質という軸があるため、政府警察グループと、暗殺部隊の間で、無線機による交渉が始まっていた。


 政府警察グループの交渉担当は、警察内の内通者である捜査本部の刑事だ。


『ディランジー少佐、人質交換だ。ミコットの命が惜しければ、ムルティスを引き渡せ』


 ムルティスは、人質救出部隊のメンバーとして、地下ルートを進んでいるため、人質交換には使用できない。


 無論、本当のことをいったら、最悪の場合ミコットは殺されてしまう。


 ディランジー少佐は、鋼の心で嘘をついた。


「いま準備しているから、しばし待て」


『どうせ時間稼ぎだろうが。さっさとムルティスを我々の見えるところまで引っ張りだせ』


「本当に引っ張り出していいのか? もしムルティスが傭兵グループの狙撃手に撃たれたら、暗黒の契約書を持ってる傭兵グループが、ブラックドラゴンを召喚してしまうんだぞ」


 傭兵グループにしてみれば、人質交換の真っ最中に、ムルティスを狙撃すればいい。それだけで血液が地面に垂れるから、たいした苦労をせずにブラックドラゴンを召喚できる。


 もし政府警察グループが、人質を有効活用したいなら、傭兵グループから暗黒の契約書を取り戻すしかない。


 だからといって傭兵グループと交戦開始すると、暗殺部隊は漁夫の利を得ることになって、人質救出がやりやすくなる。


 この三すくみの状態をうまく利用して、ディランジー少佐は人質交渉を遅滞させていた。


『ええい、小賢しい軍人崩れめ! 人質がどうなってもいいのか!?』


 かちりと撃鉄を起こす音が聞こえた。どうやら捜査本部の刑事は、ミコットに拳銃を突き付けているようだ。


「もし人質に危害を加えるようなら、ムルティスを裏通りに立たせるぞ。傭兵グループは裏口周辺に展開しているんだから、簡単に狙撃できるな」


 この駆け引きにおいて、ムルティスの血液がジョーカーなのである。


 政府警察グループは、ログハウスから暗黒の契約書を奪われた時点で、イニシアチブを失っていた。


『ディランジー少佐、こんなにムカツクやつなら、自分の職業を失ってでも、暗殺しておくべきだったよ』


 捜査本部の刑事がイライラしている裏側で、もう一つの火種がくすぶっていた。


 政府警察グループと、傭兵グループの間では、ミコットという人質が有効に働かないため、いつ銃撃戦が始まってもおかしくなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る