第46話 逮捕と取り調べ

 ムルティスは、ピッケム社長殺害の容疑で現行犯逮捕された。


 所持していた二丁の密造拳銃には発砲の痕跡がない。


 しかも社長の死体はショットガンで撃たれている。


 それでもユグドラシルの木を折った犯人だから、問答無用で勾留されてしまった。


 もし日常生活で、こんな冤罪で逮捕されたら、激怒しているんだろう。


 だが潜入捜査中だ。ひたすらディランジー少佐の接触を待つ。


 三分ほど目をつむって待っていたら、足音が聞こえてきた。


 だが最初に接触してきたのは、捜査本部の刑事たちだった。


「お前がピッケムを殺してないのはわかってる。だから教えてくれないか。あいつをショットガンで撃ったやつは誰だ?」


 おそらくこの刑事たちが、警察署内の暗黒の契約書グループだ。


 ピッケム社長の手元から暗黒の契約書が消えていることから、第三者が強奪していったことに気づいたんだろう。


 ムルティスは、正直に答えた。


「俺がログハウスに入ったときには、逃げられてたんだ」


「誰かをかばってるんじゃないのか?」


「かばう理由がない」


 いきなり刑事が拳を振りかぶった。どうやら暴力で尋問するつもりらしい。


 だがムルティスみたいな格闘戦の得意な兵士から見たら、ただの大振りパンチだった。


 刑事の拳が頬にヒットする瞬間、衝突のエネルギーに逆らわずに上半身をひねることで、当たったフリをした。


 しかも後方に吹っ飛ぶフリをして、おまけに尻餅もついてやる。


 頬にも体にもほぼダメージはないのだが、痛みを感じているフリをした。


「いってて……だから本当に知らないって言ってるじゃないか」


「ずいぶんと聞き分けの悪いやつだな。しょうがない、自分の立場をわからせてやるか」


 どうやら刑事たちは、さらに暴力を行使しようとしているらしい。


 それは別の意味でまずい。


 ムルティスは、条件反射で反撃しそうになっていた。


 格闘戦の技術が違いすぎるので、たとえ手錠がついたままでも、素手で刑事を殺せるのだ。


 警察関係者を殺すと後々面倒なことになるから、それ以上近づいてほしくなかった。


 やがて刑事がブラスナックルを装着して、ムルティスを殴ろうとしたとき、彼らのスマートフォンが鳴った。


 どうやら警察本部の偉い人に呼び出されたらしい。


「ふん、時間をかけて調べれば、いつかはわかることだからな」


 こうして刑事たちは去っていった。


 それから数十秒後、ディランジー少佐が忍び足でやってきて、鉄格子の鍵を開いた。


「ムルティス、到着が遅れて悪かった。戦士ギルドの権力を使って、警察本部を動かすのに、時間がかかってしまってね」


 もしムルティスが、か弱い乙女だったら、ディランジー少佐のことを不当な暴力から助けてくれた王子様みたいに認識していたんだろう。


 だがムルティスは格闘戦に慣れた兵士なので、少佐が圧力をかけてくれたおかげで刑事を殺さないですんだなぁ、と感謝していた。


「少佐、俺も暗黒の契約書グループにマークされてます」


 ムルティスは、鉄格子の外に出ると、逮捕された際に押収された私物を回収した。


「わかってる。署内にいるほうが危険だ。実況見分という名目で、お前を外に連れ出す。怪しまれないように、手錠はつけたままにしておくぞ」


 ディランジー少佐は、ムルティスの頭にジャンパーをかぶせると、まるで容疑者を連れ回すようにして、警察署の外に連れ出した。

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