第45話 事故死に見せかけた殺人と、暗黒の契約書と、第三の暗殺者

 ムルティスたちは、ピッケム社長を事故に見せかけて殺すために、行動を開始していた。


 社長に自分の足で線路に落ちてもらう計画だ。


 通勤用の特急電車が走っているので、そいつに轢かれれば確実に死ぬ。


 ただし普通に突き落としたら、事故ではなく殺人だとバレてしまうので、リゼ少尉の魔法を使う。


 水系列の魔法で、濃霧の魔法だ。


 文字通り濃霧を発生させる魔法であり、諜報員の事故死工作では定番の魔法でもあった。


 運が良いことに、高架線が工事中で、足場が抜けている場所があるため、濃霧の魔法で視界を奪えば、あとは自然に社長が落ちてくれる。


 そこに導くために、第六中隊四人を三つのチームに分けて、それぞれが仕事をこなしていた。


 ピッケム社長をおびき出すのは、ムルティスとチェリト大尉だ。


 ガナーハ軍曹は工事現場の作業員に偽装して、事故現場の近くから一般人を遠ざける役割である。


 リゼ少尉は、いつでも魔法を使えるように、事故死ポイントで待ち伏せしていた。


 早朝、朝焼けの太陽が地平線を照らしたとき、作戦開始になった。


 チェリト大尉が、ピッケム社長に電話した。


「ピッケムか。盗聴が怖いから、返事を直接伝えようと思ってな。いまどこにいる?」


『プラザス交差点のログハウスだ』


 ピッケム社長の宿泊場所の名前を聞いたとき、ムルティスは、おやっと思った。


 ディランジー少佐がピックアップした、運送会社関連の物件リストに含まれているのだ。


 そう、あと数件だけ残っている、未調査の場所である。


 まさか、暗黒の契約書の当たりを引いたんじゃ。


 そう思いながら、ムルティスは運転手役を務めていく。


 後部座席のチェリト大尉が、ムルティスの緊張した表情に気づいた。


「どうしたムルティス、やけに緊張してるみたいだが」


 ムルティスは、まさか暗黒の契約書のことなんて語れるはずもないので、適切にごまかした。


「だって事故死に見せかけるんですよ。銃で撃ち合うのと違って、一発勝負じゃないですか」


「バカいえ。一般人だと銃撃戦のほうが一発勝負なんだよ。おれたちが撃ち合いに慣れすぎてるだけだ」


「それもそうですね。っていうか、なんで社長の宿泊場所って、こんな都心から離れてるんでしょうね」


「ログハウスだけじゃない。他にもたくさん別荘を持ってるんだよ。あいつ、誰も信用してないんだ。いつか誰かに寝首をかかれるんじゃないかってな」


 なぜディランジー少佐がピックアップした運送会社関連の物件が膨大だったのか、その答えであった。


 大量のデコイをばらまくことで、暗殺を回避していたのだ。


 ムルティスは、ピッケム社長の用意周到さに、怪しさを感じた。


「俺たちが下克上を考えるより前から、誰かに命を狙われてたってことですか」


「ああ、そうだ。あいつはいつも物陰を警戒してた。いったいどれだけ敵を作ってたんだろうな」


 と会話しながら自動車を運転していけば、ログハウスの敷地に到着した。


 ムルティスは、自動車を駐車場に止めながら、さっそくブローチを見た。


 光っていた。


 ぶんぶんとミツバチが警告するように黄色く。


 正直、血の気が引いた。


 ついに当たりを引いてしまった。


 暗黒の契約書が、このログハウスにあるのだ。


 ピッケム社長が黒幕だったのだ。


 そんな予感がしていた。


 だがいざ当たりを目の前にすると、まるで刃物で全身を囲まれたような緊張感が芽生えてきた。


 もし可能であれば、いますぐディランジー少佐に連絡したかった。


 だが隣にチェリト大尉がいるので無理だった。


 すでに一度内通を疑われているんだから、これ以上怪しい行動をしたら、さすがに処刑されてしまう。


 と思っていたら、ログハウスから激しく争う音がした。


 どすんっとショットガンの発砲音が響く。


 誰かが裏口から逃げていく足音も聞こえた。


 ムルティスと、チェリト大尉は、顔を見合わせた。


「大尉、これは、いったい?」


「わからんが、とにかく踏み込むぞ。民間人は撃つなよ。いまだけおれたちは軍にいたときと同じ交戦規定で動く」


 無意味に発砲せず、もし犯人らしき人影を発見しても、必ず撃つ前に警告すること。


 そうしないと正当防衛が成立しないからだ。


 ムルティスとチェリト大尉は、拳銃を構えてログハウスに突入した。


 内部の構造は、ありふれた宿泊用のログハウスだ。


 だが敵の数がわからないし、屋内にいる民間人の数もわからない。


 魔法使いによる生命探知があったら、どちらも簡単にわかるのだが、リゼ少尉は別地点で待機中だ。


 もちろん魔法無しでの屋内戦闘をこなした経験もあるが、拳銃一丁はあまりにも非力だった。


 せめてサブマシンガンか、銃身を切りつめたショットガンが欲しい。


 だが正しい情報を素早く得るためには、拳銃一丁でリスクを背負うしかない。


 チェリト大尉は二階を調べることになって、ムルティスは一階を調べていく。


 曲がり角、デスクの下、クローゼットを丁寧に調べて、敵の待ち伏せを警戒。


 足音は、二人分だけ。ムルティスとチェリト大尉のみ。


 敵らしい気配はないし、殺気も感じない。


 ただし負傷した人間の気配は感じていた。


 キッチンである。


 ムルティスは、血の匂いを感じながら、キッチンに銃口を向けて、ようやく発見した、


 ピッケム社長が血だまりに倒れていた。


 ショットガンで胴体を撃たれているので、傷口は悲惨なことになっていた。


 いまから救急車を呼んだところで、助からないだろう。


 ムルティスは、周囲に敵がいないことを確認してから、ピッケム社長に話しかけた。


「社長、なにがあったんです?」


「む、むるてぃす……こ、これを」


 ピッケム社長は血だらけの左手で、USBメモリを握っていた。


「社長、誰にやられたんです?」


「うらぎられた……」


「誰に?」


 返事はなかった。事切れてしまったのだ。


 暗黒の契約書の黒幕だと思っていた人物が死亡してしまった。


 では暗黒の契約書はどこに消えたのか?


 ブローチを見た。


 反応が消えている。


 さきほど裏口から逃げたやつが強奪していったんだろう。


 慌てて裏口から外を見渡すが、誰の気配も残っていなかった。


「くそっ、俺の判断が遅れたのか……」


 チェリト大尉も、二階の探索を終わらせて、一階に戻ってきた。


 ピッケム社長の死体に気づいて、警戒心を強めた。


「おれたちが事故に見せかけて殺そうとしたら、別の誰かが暗殺したってわけか」


「暗殺者は、さっき裏口から出ていったやつですね。発砲音と傷口からして、凶器はショットガンです」


「……とにかく逃げるぞ。いくら新鮮な情報が欲しいからって、このまま現場にいると、銃声でかけつけてきた警察官と鉢合わせだ」


 チェリト大尉の判断は正しかった。


 だが時すでに遅しだった。


 すでにログハウスは、警察に包囲されていた。


 いくらなんでも警察の到着が早すぎる。ショットガンの銃声が発生する前に動き出していないと、こんなスピードで駆けつけられないだろう。


 ムルティスは、からくりに気づいた。


「大尉、社長が警察に通報したんですよ。俺たちが暗殺するのを見抜いてたから、逮捕させるつもりだったんです。でも暗殺したのは俺たちじゃなくて、さっき裏口から逃げたやつだ」


 ピッケム社長の死体は、右手にスマートフォンを握りしめていた。


 もし撃たれてから通報したなら、返り血はスマートフォンの裏面にも付くはずだ。


 だがスマートフォンの裏面は綺麗なままだった。


 つまり彼は警察に通報したあと、第三者に撃たれたのである。


 チェリト大尉は舌打ちした。


「ピッケムは一つ読み間違えた。おれたちが直接暗殺にくると思ってたんだ。本当は事故に見せかけて殺すつもりだったのに」


「もし第三者が介入してこなかったら、たとえログハウスに警察を呼ばれても、表面的には社長と会ってるだけだから、俺たちは逮捕されなかったんですよね」


 もし第三者の介入がなかったら、ログハウスに警察がやってきても、ムルティスたちは悪事を実行する前だから、逮捕されなかった。


 そうなれば、警察が帰ってから、ピッケム社長を線路の近くまで運んで、事故に見せかけて殺せばよかった。


 だが暗黒の契約書を奪ったやつが、ログハウスでピッケム社長を殺してしまったので、運悪くムルティスとチェリト大尉が容疑者になってしまった。


 もちろん自分たちは、凶器であるショットガンを持っていないし、自前の拳銃は発砲した痕跡もない。


 だが表向きは運送会社の社員なのに、密造拳銃を持っているのは、どう考えても怪しい。


 もし今回の逮捕をきっかけに、犯罪組織にたどりつかれてしまったら、逃げ場がなくなるだろう。


 ムルティスは、最後の手段を使うことにした。


「俺が囮になりますから、大尉は裏口から逃げてください」


「ムルティス……いいのか、本当に」


 チェリト大尉の瞳は揺れていた。まるで思春期の少年みたいに。


 いくら犯罪組織のボスだからといって、第六中隊の仲間を囮にして逃げていいのかと葛藤しているんだろう。


「俺は兵卒だから捕まってもなんとかなります。でも大尉が捕まったら組織はおしまいなんですよ」


 ムルティスは、チェリト大尉の密造拳銃から指紋を拭きとると、自分の指紋をべったりつけた。


 まるで密造拳銃で二丁拳銃をやろうとしたバカみたいな構図になった。


 これなら警察も、ログハウスには容疑者が一人しかいなかったと勘違いするだろう。


「すまない。この恩は必ず返す」


 チェリト大尉は、フードをかぶって顔を隠すと、裏口からひっそり脱出していく。


「ちゃんと逃げ切ってくださいよ」


 ムルティスは、警察に逮捕される前に、USBメモリを靴底の空洞に隠した。


 警察内にも暗黒の契約書グループがいるんだから、彼らにUSBメモリを押収されないためにだ。


 次にブローチを暖炉に投げ捨てた。こんなものを持っていたら、ディランジー少佐の仲間だと白状しているようなものだからだ。


 証拠隠滅完了。


 あえて二丁拳銃を構えたまま、正面玄関から出ていく。


 ログハウスを包囲した警官たちが、一斉に銃を向けた。


「無駄な抵抗はやめて、おとなしく投降しろ!」


 ムルティスは、二丁の拳銃を地面に降ろして、両手を上げた。


 警官たちは、容疑者に近づいて、どわっと雪崩みたいに抑え込んだ。


「逮捕、逮捕、現行犯だ! ログハウス内に射殺された死体が一つだ!」


 そんな逮捕劇の間に、チェリト大尉は裏庭の茂みをこっそり移動して、現場から離脱した。

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