第44話 ディランジー少佐の事件簿 その3

 ディランジー少佐は、密偵から新しい情報を受け取った。


 国有工場から横流しされたBMPについて、協力者が現れたそうだ。


 魔法ギルドのリーダーであり、魔法使いとしては最高クラスのアークメイジであった。


 彼女ほどのレベルになると、魔法の手紙を届けるだけで、遠方の人間と会話が可能になる。


 電話や無線機と違って、魔法の手紙を介在した会話は、盗聴不可能なのが強みだった。


『初めてではないな、ディランジー少佐』


 魔法の手紙から、アークメイジの立体映像が浮かんできた。


 世にも珍しいドラゴニュートの女性である。竜の鱗と翼を持っているため、生まれたときから強力な魔法使いである。


 そんな彼女と、ディランジー少佐は、戦時中に作戦会議で同席したことがあった。


「あなたは戦略級の魔法使いでもありますからね。うちの第六中隊も、何度か助けられたことがあります」


『戦時中は、兵器扱いされてな。すさまじく不愉快だったよ。とくに最悪だったのは、ろくでもないやつばかり生き残って、勇敢なやつほど死んでいったことだ』


「おっしゃる通りで。ところでぶしつけな質問になりますが、あなたはどこまで信用できるんでしょうか。今回の案件の恐ろしいところは、政府内部にも内通者がいることなんですよ」


『もしアークメイジが正しくない行いをしたら、このローブは力を失う。いまでもローブが輝きを保っているなら、私は愚かな行いに関わっていないということだ』


 アークメイジのローブは、賢者の証だ。


 各地に残っている勇者伝説で、勇者のお供をしていた賢者が装備していたローブなのである。


 そんな伝説のローブが、いまだに光り輝いているなら、彼女は秘密を守ってくれるだろう。


 ディランジー少佐は、魔法の手紙に向かって、小声でささやいた。


「新しい情報を教えていただけるんでしょう。犯罪組織が密売するBMPが、実は国有工場から横流しされていた件で」


 アークメイジは、苦々しい顔で語りだした。


『BMPの刻印は消し忘れたのではなく、誰かがあえて残したのだ』


「あえて残した?」


『国有工場内に、良心を保った錬金術師が残っていて、その人物が外部の人間に真実を伝えたかったのだ』


 どうやら刻印の消し忘れではなく、内部告発の一種だったらしい。


 そんな手段を使わなければならないということは、国有工場内は暗黒の契約書グループだらけなんだろう。


 内部告発を行った錬金術師の安否が心配であった。


「その人物を突き止めるなら、アークメイジの協力が必要です。あなたは魔法の道の専門家なのだから」


 アークメイジに手伝ってもらって、国有工場に勤務する錬金術師を一通り調べた。


 長期欠勤になっている錬金術師がいた。


 フランドンというエルフの中年女性だ。


 二週間近く長期欠勤なのに、ニュースにならないし、誰も騒がないし、警察に行方不明届けも出されていない。


 最悪のケースを想定したほうがよさそうだった。


「アークメイジ、助かりました。彼女の自宅を調べたほうがよさそうですね」


 アークメイジは、魔法の手紙を消す前に、助言を残した。


『少佐、さっさとこの事件を解決したほうがいい。ブラックドラゴンは、人類の手には負えないからな』


「あなたの魔法でも勝てないんですか?」


『無理だよ。いくら私がアークメイジでも、ブラックドラゴンの鱗は貫けない。単純に火力が足りないのだ』


 アークメイジが勝てないなら、ブラックドラゴンに勝てる人類は存在しない。


 そんなやつを召喚してしまったら、この国は焼け野原になることが確定だ。


 もしかしたら、ディランジー少佐が想像しているよりも、この国に残された時間は少ないのかもしれない。


 難しい選択になるが、時間を優先して、自分の足で錬金術師の自宅を調べたほうがよさそうだった。


 となれば、警察内の暗黒の契約書グループの追跡を受けるから、彼らをどうにかしないといけない。


 ディランジー少佐は、戸棚にしまってあるマジックアイテム類を引っ張り出した。







 ディランジー少佐は、覆面パトカーに乗り込むと、錬金術師・フランドンの自宅に向かった。


 案の定、署のパトカーが尾行してきた。乗っているやつらは、捜査本部の刑事たち――警察内の暗黒の契約書グループだ。


「あいつら本当に警官の自覚があるのか?」


 白昼堂々、警官が勤務中に政敵を尾行するなんて、やっぱりこの国は戦争でおかしくなったのだ。


 そんな情けない事情を嘆くより、いまは時間が優先だ。


 赤字覚悟で、あいつらの尾行をまくことにした。


 ディランジー少佐は、個人所有していたマジックアイテム『軍馬の煙幕』を使用。覆面パトカーの姿を煙に包んでしまった。


 剣と魔法の時代に使われていたマジックアイテムで、軍馬に乗っていた偵察兵が敵に発見されたときに使っていた。


 そんな便利なものを車に使用すれば、文字通り尾行者を煙に巻ける。


 だが暗黒の契約書グループも、負けじとサーマルゴーグルを使って、エンジンの熱源を追いかけようとした。


 だがディランジー少佐は赤字を覚悟しているので、熱源を増やすためのマジックアイテム『偽太陽』も発動。


 そこら中にエンジンと人間の熱反応が複製されて、熱源で追いかけるのが難しくなる。


 暗黒の契約書グループは、ついにディランジー少佐の覆面パトカーを見失った。


 だが彼らは諦めていない。警察無線に、こんな情報を流した。


『軍人崩れたちが起こしたマフィア殺戮事件の容疑者が、ここらの道を逃げてる。車両の特徴をデータで流すから、いますぐ追跡してくれ』


 車両の特徴とは、ディランジー少佐の覆面パトカーの情報だった。


 尾行を継続するために、警察無線に堂々と偽情報を流したのだ。


 しかも悲しいことに、巡回中の警官たちは、偽情報を疑わない。


 なぜならディランジー少佐の覆面パトカーの特徴なんて、誰も覚えていないからである。


「これが外様の苦しいところだな。組織内に味方がいないから、デマを誰も訂正してくれない……」


 少佐かつ警視なんて立派な肩書があっても、孤立無援である。


 しかしディランジー少佐は、心身ともにタフであった。


 むしろ周囲が敵だらけになったことで、やる気満々になっていた。


 頭の回転が最高速度に達して、この状況を切り抜ける名案を閃いた。


 ディランジー少佐の覆面パトカーは、自動車修理工場に入った。


 なにを隠そう、チェリト大尉の犯罪組織が、地元マフィアから強奪した工場だ。


 愛弟子のチェリト大尉ならば、こういう場所に逃走用の足のつかない車を隠しているだろうから、それを使わせてもらう。


「なにもいわずにこの賄賂を受け取って、廃棄予定の自動車を一台譲ってくれ」


 工場の従業員は、ぎょっとした。


「だ、ダメですよ。いくらお巡りさんが相手でも、社長に怒られますよ」


「なら盗まれたことにしてくれればいい。あと社長には、犯人はディランジー少佐だと伝えておけ」


「わ、わかりました。その条件でいいなら」


 ディランジー少佐は、廃棄予定の自動車を借りて、さっさと出発した。


 廃棄予定とかいいながら、ちゃんと整備してあるあたりが、さすがに愛弟子の逃走手段であった。


 この車のおかげで、警察無線の捜査網から逃れられた。


 きっちり尾行をまいて、エルフの錬金術師・フランドンの自宅に到着した。


 普通の一軒家だ。だが玄関の鍵は開けっ放しになっていた。


 おそらく想像したとおりの光景が広がっているだろう。


 念のために拳銃を構えながら室内に侵入すると、すでに彼女は殺されていた。


 死体の腐敗具合から考えて、死後二週間ぐらい経過していた。


 申し訳ないが、死体は後回しだ。


 彼女が残したダイイングメッセージを探していく。


 時間を優先して荒っぽく探していくと、化粧台の裏側に隠しパネルを発見した。


 さっそく隠しパネルを外すと、紙のメモが残っていた。


『暗黒の契約書の発動条件は、ユグドラシルの木を折った人間の血液を捧げること。それが精霊界の反逆児たるブラックドラゴンの興味を刺激するから。


 ただし普通に血液を捧げるだけでは、条件が足りない。近隣住民たちの魔力を媒介にしないといけないので、BMPを町中にばらまく必要があった』


 ユグドラシルの木を折った人間。


 おそらくムルティスのことだ。


 彼が戦時中に戦略級の魔法使いを狙撃した。そのせいで戦略魔法がユグドラシルの木に直撃して、真っ二つに折れてしまった。もうすでに戦略魔法使いは死んでいるから、ムルティスだけが条件に該当していた。


 なぜ国有工場がBMPを横流ししていたのかも、このメモではっきりとわかった。


 都市部の国民を魔力の媒介にするためだ。


 つまり国有工場にしてみれば、利益率なんてどうでもよくて、国民を魔力の媒介にできれば目標達成だから、赤字同然で出荷していたのだ。


 暗黒の契約書の発動条件と、BMP横流しの仕組みは解明された。


 だがなぜ政府と警察の一部が、ブラックドラゴンを呼び出そうとしているのかは、いまだにわかっていなかった。

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