第41話 魔法使いや錬金術師でなくても、神様を信じるか?

 ちょっとでも暇な時間があったら、リストアップされた物件を調査していた。


 もちろん表向きの理由は観光スポット巡りだが、ムルティスの表情は切羽詰まっていた。


 妹の心臓が持ちそうにない。


 たとえ潜入捜査が成功しようとも、裏の仕事で二億ゴールド貯めようとも、その前に妹が死んでしまったら意味がないのだ。


 とうとう睡眠時間を削ってまで調査するようになっていた。


 移動中は自動車を運転しているし、現地に到着したら徒歩で物件に近づくため、休む暇がない。


 集中力が緩慢で、足元がふらふらだった。


 そのせいで、普通の階段を下ろうとしたとき、足を踏み外した。


 ずるっと姿勢が崩れて、前のめりに転びそうになる。


 このまま階段を滑り落ちて、大怪我するんじゃないか。


 そう思ったとき、まるで運命に導かれたように、元高山防衛部隊でG中隊のジャラハルに助けられた。


「どうしたムルティス、ずいぶん疲れた顔だぞ」


 彼と会うのは、BMPの取引現場で敵味方として遭遇して以来だった。


 あの日、約束した。お互いの仕事内容は黙ったままにして、やるべきことが終わったら、どこかへ遊びにいこうと。


 だが、やるべきことが終わるまえに、再会してしまった。


 どうやらムルティスは、観光スポット巡りをしている最中に、ジャラハルと遭遇する運命にあるらしい。


 この世界の神様は、意地悪でありながら気まぐれなのだ。


「まさかお前に助けられるとは、ジャラハル」


 ムルティスは、ジャラハルと握手して、助けてもらったことを感謝した。


「この近くで暮らしてるんだよ。林業の仕事も裏の仕事もないときは、体が鈍らないようにジョギングしてる」


 ジャラハルは、スポーツ用ジャージを着て、首にタオルを巻いていた。軽く走ったあとだから、うっすらと汗もかいていた。


「運動の邪魔をして悪かった。じゃあ俺は急ぐから」


 ムルティスが物件調査を再開しようとしたら、ジャラハルが引き止めた。


「待て、ワタシが手伝ってやる。なにか大事な用事をかたづけようとしてるんだろう?」


「それが……秘密の仕事なんだ」


 しかも今回は裏の仕事ではなく、潜入捜査の仕事である。ますます他人に教えられるはずがない。


 ジャラハルも、なんとなく事情は察したようだ。


「……なら車の運転だけしてやる。その間、お前は寝てろ」


 もし体調が万全であれば、断らないといけないはずだ。


 だがちんたらやっていたら、妹の心臓は持ちそうにない。


 一分、一秒が惜しいのだ。


 ムルティスは、ジャラハルに車のキーを渡した。


「ありがとう、運転を頼む」


 ジャラハルに地図を渡して、車を運転してもらう。


 その間、ムルティスは、ぐーぐーと睡眠した。


 地図に書いてある目的地に到着したら、ジャラハルが起こしてくれるから、現地に近づいてブローチの様子をたしかめる。


 やはり反応なし。


 それをひたすら繰り返したら、すっかり夜が更けていた。


「助かったよ、ジャラハル。仕事の進みも早かったし、おかげで体力も回復できた」


 今日の進捗が抜群によかったので、リストアップされた物件は、あと数件やれば調査完了になるところまできていた。


 ジャラハルは、地図を返却しつつ、ムルティスを心配した。


「いくらなんでも無理をしすぎだ。そんなことでは、表の仕事でも、裏の仕事でも、足元をすくわれるぞ」


 まっとうな意見であった。


 きっと自分は、妹の心臓を心配するあまり、冷静さを失っていたんだろう。


 だがジャラハルが手伝ってくれたおかげで、かなり調査が進んだので、おとなしく休んでも問題なかった。


「そうだな。今日は帰って休むことにするよ」


 ムルティスが自家用車に戻ろうとしたら、ジャラハルが意味深なことを聞いてきた。


「ムルティス、お前は神の存在を信じるか?」


 かつて剣と魔法の時代だったとき、神や精霊など信仰の対象は重要だった。


 魔法や錬金術と密接に関わる概念だから、教会が体系化して権威となった。


 だが銃と魔法の時代になると、神の存在を気にするのは、魔法使いと錬金術師だけになった。


 ムルティスは、魔法も錬金術も関係なく、専業のスナイパーだ。


 ガンパウダーという化学によって弾丸が撃ちだされて、重力や風力という物理学に弾道が影響されて、敵に着弾すれば医学によって死亡が判定される。


 神を感じる瞬間なんてない。


 だが最近は、日常生活を送っているときに、神という名の運命の乱数を感じる瞬間が増えていた。


「もし神がいるとしたら、かなり意地悪なやつだと思う」


 妹が心臓病になった。


 戦略級の魔法使いを狙撃したらユグドラシルの木が折れた。


 どちらも偶然発生したはずなのに、ムルティス一家に試練として襲いかかってくる。


 もしこの世に神がいるとしたら、こんなバカげたイベントを用意したんだから、実に意地悪なやつであろう。


「意地悪か。そうだな、よくわかる話だ。ならば、もし神を入れ替えることができるとしたら、もっとマシな世界になる。そうは思わないか?」


 ジャラハルは、冗談っぽく言い残してから、ジョギングで帰っていった。


 彼は、いったいなにを言いたかったんだろうか。


 いかにも冗談っぽい言い回しだったが、表情はそれなりに真剣だった。


 もしかしたらジャラハルは、魔法使いや錬金術師と同じぐらい、神様の存在を信じているのかもしれない。


 ならばムルティスは、ジャラハルの信じている神様に願った。


 かつてのBMPの取引現場みたいに、敵味方に分かれて撃ち合う展開はもう二度と起こさないでほしいと。

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