第38話 ディランジー少佐の事件簿、その2

 ディランジー少佐が、ムルティスから受け取った情報で、もっとも重要視していたのは、BMPの刻印消し忘れである。


 まさか政府の国有工場から出荷されたものが、犯罪組織に横流しされていたなんて、ちょっとしたスキャンダルではないか。


 だが、なぜ運送会社のピッケム社長が、政府の国有工場と裏で繋がっているんだろうか。


 戦争中だって、政府関係者と腹黒い民間人の癒着はよくある話だったが、今回は気配が違う。


 もしかしたらピッケム社長には、なにか特殊な肩書きがあるかもしれない。


 本当なら自分の足で調べたいのだが、警察内にも政府内にも、暗黒の契約書グループがいるせいで、下手なことができない。


 もしピッケム社長が、政府の暗黒の契約書グループと親しかったら、調べようとした時点で、対策を施されてしまうからだ。


 だが、時間と費用をかければ、内通者たちに気づかれないように、必要な情報を集められる。


 信頼できる密偵にメールで依頼して、ピッケム社長の背後を洗ってもらうことにした。


 ではディランジー少佐は、このまま署内の一室で置物になっているのかといえば、そういうわけではない。


 ゲテラド神聖国の民族系武装組織を調べるぐらいなら、警察署内に引きこもったままでも問題なくこなせる。


 インスタントコーヒーの粉を補充するついでに、捜査一課の会話に耳を澄ませた。


 やはり彼らは、昨晩のムルティスたちと民族系武装組織のカーチェイスについて議論していた。


「警部、ゲテラド神聖国の民族系武装組織が、大量に死んでるみたいですよ」


「結構な数の死体か?」


「結構なんてもんじゃないです。五十体ぐらい、いやもっとたくさんです」


 ムルティスの定期報告によれば、BMPの取引現場で、民族系武装組織のメンバーを、三十名ぐらい射殺していた。


 だが捜査一課の情報によれば、発見された死体は五十体ぐらいだという。


 おおよそ二十体の差は、ムルティスのカウントミスではないだろう。


 きっとなにか秘密があるはずだ。


 ディランジー少佐は、コーヒー用の砂糖も補充するフリをしながら、捜査一課のパソコン画面をのぞき見した。


 BMPの取引現場で捜査する刑事たちから、死体の写真が本署に送信されていた。

 

 写真をざっと眺めた感じ、死体の発見箇所は、二か所に分かれていた。


 一か所目は、BMPの取引現場と、ムルティスたちの逃走ルートである。


 二か所目は、国境沿いだ。こちらの死体は背中から撃たれていて、攻撃魔法も撃ち込まれていた。


 一か所目の死体は、交戦して死亡した死体だ。


 だが二か所目の死体は、不意打ちで死んだ死体である。


 ディランジー少佐は、戦争経験から思い当たることがあった。


「……そうか、例の装甲車に乗ってた傭兵集団が、民族系武装組織を裏切って、始末したのか」


 ただの傭兵集団が、これだけ統率の取れた行動を実行できるはずがない。


 もしかしたらジャラハルだけではなく、傭兵集団全員が、デルハラ共和国のG中隊出身者かもしれない。


 チェリト大尉の犯罪組織が、第六中隊出身者を中心に動いているのと同じ理屈だ。


 まるで戦争の亡霊たちが、停戦条約が結ばれた世界で、悪あがきしているみたいだった。


 ディランジー少佐が、コーヒー用の脱脂粉乳も補充しようとしたら、捜査一課に追加の情報が入ってきた。


「どうやら大量のBMPが、川に捨てられてるみたいですね。あーあ、もったいない。これだけあれば、一生遊んで暮らせるのに」


 どうやら傭兵集団は、BMPを横取りせずに、捨ててしまったようだ。


 なぜ大金につながる大量のBMPを捨てたんだろうか?


 もしかしたら、傭兵集団の雇い主の指令だったのかもしれない。


 金なんてどうでもよくて、なにか他の目的を叶えるために。

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