第31話 新しい友達
もう一度休日がやってきた。
暗黒の契約書を探すために、運送会社関連の物件調査を再開する。
前回の休日では三分の一しか調べられなかったので、残り三分の二を今日中に終わらせたい。
潜入捜査の手順を守る必要があるため、表向きの理由である観光スポット巡りのシナリオを強化していく。
お土産を購入して、有名な観光地で自撮りした。
潜入捜査や暗黒の契約書は抜きにして、観光スポットを巡ると気分が晴れやかになった。
やはり自分の趣味は、観光スポットで遊ぶことなんだろう。
もし妹のミコットが、心臓移植を無事に終えたら、とっておきの観光スポットを案内してやりたかった。
だが父親の言葉が蘇る。
『汚い金で助かっても、妹は喜ばないぞ』
汚い金で観光スポットを案内しても、妹は喜ばないかもしれない。
では汚い金で観光スポットを巡って喜んでいる自分はなんだ?
ムルティスは、自動車を運転する気分ではなくなって、すぐ近くにあった小売りチェーン店の駐車場に止めた。
自動販売機でジュースを買って、一息入れていると、すぐ近くに意外な人物がいた。
「ムルティス上等兵か。また会えたな」
高山攻略部隊・G中隊の隊長・ジャラハルである。
以前と違って、ヒゲを剃ってあり、きちんと身なりを整えてあった。そのおかげで、彼の姿がはっきりと見えた。
理性と情熱を共有した瞳。希望と野望を混ぜたような茶髪。木刀のように鍛えた細身の肉体。
そんなアスリートタイプの彼は、安全帽をかぶって作業服を着ていた。
「その恰好は、もしや就職したのか、ジャラハル」
ムルティスは、思わぬ人物との再会に、さきほどまでの悩みが吹き飛んだ。
「ああ、林業だ。すぐそこの山が、今日の現場なんだ」
駐車場には二台の作業トラックが止まっていて、ジャラハルと同じ格好をした職人たちがいた。どうやら昼休憩中らしい。
ムルティスは、ジャラハルの就職を祝いつつ、びっくりもしていた。
「よくこの国の状況で、元軍人が仕事を見つけられたな」
「ここだけの話、身分を偽造してな。新しい名前はディーンだ」
「その手があったか! 職業安定所であんなに苦労するんだったら、俺もそうすればよかったなぁ」
名案だった。元軍人がこんなにも迫害されているなら、迫害が終わるまで偽造身分で暮らせばいいのだ。
もし潜入捜査と妹の手術がなかったら、ムルティスも同じ手を使っていたんだろう。
だがいまの自分は、いくつもの事情を抱えてしまったせいで、偽造身分という手段で逃げるわけにはいかなかった。
ムルティスがいつものように潜入捜査と仲間を裏切ることに葛藤していると、ジャラハルは小売チェーン店を指さした。
「なにか悩んでるみたいだし、今回はワタシに弁当をおごらせてくれ。あの日、お前にハンバーガーをおごってもらったお礼に」
「ああ、いいね」
まるで古い友人にご飯をおごってもらうような雰囲気で、焼肉弁当をおごってもらった。
ジャラハルは、ムルティスの肩を叩いて、ぐっと親指を立てた。
「ワタシはいつも焼肉弁当を食べてから山に入るんだ。急斜面で木を切るには、体力が必要だからな」
「そうだな、肉を食べておけば、間違いないもんな」
「さて、もうすぐ休憩も終わりだから、いつかまた会おう、ムルティス」
ジャラハルは、紙のメモを渡してきた。電話番号が書いてあった。どうやら彼の連絡先らしい。
林業で働くようになって、収入が安定するようになったから、スマートフォンを購入できたんだろう。
「あとで俺の番号を送っておくよ。また会おう、ディーン」
ディーンことジャラハルは、林業仲間たちとトラックに乗り込んで、山の現場に向かっていった。
ムルティスは、おごってもらった弁当を食べて、じーんと感動した。
「うまい弁当だ。普通に売ってる弁当を、こんなにうまく感じたことはない」
なんとなく予感していた。きっとジャラハルとはまた会うことがる。そういう運命にあるはずだ。
親しい友人が一人増えて、ちょっとテンションが上がったおかげで、運送会社関連の物件を調査する足取りも軽くなった。
だが、いつもと同じように、ブローチに反応はなかった。
本日の調査結果を合算すると、ディランジー少佐がリストアップした物件のうち、三分の二を調べたことになる。
来週の休日を使えば、残り三分の一も調べられるだろう。
もしこれだけやって暗黒の契約書が見つからないなら、ディランジー少佐と相談して、新しい方法を考えたほうがよさそうだった。
観光スポット巡りの帰り道、チェリト大尉から裏の仕事の連絡があった。
『近々、BMPの大きな取引がある。そいつが成功すれば、かなりの報酬が手に入るはずだ。これでお前の妹の手術費用も貯まるな』
誇張表現なしで、警察の援助がなくても、妹の手術費用を払えそうだった。
だがもし大きな取引が成功したとして、本当に警察と縁を切るのか?
いや、それはそれで現実的ではないのだ。
ムルティスが警察を裏切った時点で、チェリト大尉の犯罪組織に警察のガサ入れが入るし、最悪の場合はドナー探しを邪魔される。
それに何度も考えたことだが、もし暗黒の契約書が発動してブラックドラゴンが召喚されてしまったら、この国ごと両親も妹も焼き尽くされてしまう。
つまりどんな選択肢を検討したところで、ムルティスは警察の犬を続けなければならないのだ。
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