第30話 傷痍軍人たちが働くレストラン

 ガナーハ軍曹が案内してくれたのは、深夜まで営業しているレストランだった。


 戦時中に廃業したゲームセンターを改装して、レストランとして開業したようだ。


 和洋折衷なんでも扱う料理店で、スタッフもお客さんも、みんな元軍人だった。


 しかもムルティスたちを出迎えてくれたホールスタッフは、第六中隊出身の二等兵であった。


 種族はダークエルフで、ちょっと痩せすぎていた。彼は今年十八歳の若者なのだが、戦時中に地雷を踏んで両足を失っていた。


「軍曹、いらっしゃいませ! あと上等兵も、お久しぶりです! 一番いい席に案内しますよ!」


 二等兵は、車いすで働いていた。しかし悲壮感はない。労働の喜びにあふれていて、未来への希望で瞳がキラキラしていた。


 ムルティスは感動してしまった。


「まさかその足で働いてるとは……っていうか、よく採用してもらえたな」


 元軍人で、しかも第六中隊出身。おまけに足がない。


 現在の国内の状況を考えると、採用してもらえる可能性はゼロのはずだ。


 だがこの採用には、ちゃんとした理由があった。


 二等兵は、ガナーハ軍曹の肘に抱き着いた。


「このお店、ガナーハ軍曹が作ってくれたんです。傷痍軍人が働けるお店を作ろうって」


 料理スタッフも、ホールスタッフも、みんな傷痍軍人だった。


 手足のどこかがないのに、みんなで助け合って、立派に働いていた。


 そんなスタッフには、かつて公園の生け垣で暮らしていた元教員の傷痍軍人も含まれていた。


 元教員の傷痍軍人は、ムルティスの来店に気づくと、指笛を拭いてから、ぐっと親指を上げた。


「いらっしゃい、あんたには一品サービスだ!」


 ムルティスは事情を察した。ガナーハ軍曹は、裏の仕事で手に入れた報酬を、傷痍軍人たちに使っているのだ。


 いつもおかしいと思っていたのだ。ガナーハ軍曹は、ムルティスより稼いでいるはずなのに、まったく贅沢をしなかった。


 その答えが、このお店だった。


 やはりガナーハ軍曹は人格者であった。


 彼はたくさん稼ぎたいから裏の仕事に進んだのではなく、傷痍軍人たちを助けるために汚い仕事をしているのだ。


 国が元軍人たちを見捨てたなら、自らの腕力でどうにかしようとしたわけだ。


 ムルティスは、二等兵の案内でテーブル席につくと、ガナーハ軍曹を褒めちぎった。


「さすがですね軍曹! あれだけ稼いでも自分のために使わないなんて!」


 弟分として誇らしかった。この人に一生ついていこうと思った。


 そんな興奮するムルティスとは対照的に、ガナーハ軍曹はリザードマン向けの高級泥水を飲みながら渋い顔で語った。


「この国の連中は、手足を失った元軍人たちを助けようとしない。それが許せなかった」


 そろそろ戦争終結から半年経とうとしていた。


 それでも政府インテリマスコミ国民は、元軍人を冷遇したままだし、傷痍軍人なんてバイキン扱いだ。


 ムルティスだって、かなり不満があった。


「戦争に勝てないって、こういうことなんでしょうか」


「たとえ勝っていたとして、政府は傷痍軍人たちに手厚いサポートをしたんだろうか」


「……しないような気がします」


「オレもそう思う。だから自分の力で、この店を開いたんだ」


 二等兵が、車いすの車輪をぐいぐい回して、メニューを持ってきた。


「今日はステーキがおすすめですよ。珍しく牛が一頭丸々手に入ったんです。戦争終結から五か月も経つと、生鮮食品の流通が回復してくるんですね」


 ガナーハ軍曹は、即答した。


「ステーキにしよう。焼き加減はまかせる」


「わかりました、すぐに作りますね」


 厨房には、右手を失った調理スタッフが立っていた。彼は器用に左手だけで調理していく。


 じゅうじゅうと牛肉の焼ける音に、ムルティスがわくわくしていると、新しいお客さんが来店した。


 裏の外回り営業を終わらせたリゼ少尉であった。


「あら軍曹、今日は浮気ね」


 リゼ少尉は、ガナーハ軍曹の隣に座った。


 ガナーハ軍曹は、肩をモジモジしながら、ぼそっと言った。


「オレは冗談が得意ではない」


「そうだったわね」


 リゼ少尉は、ガナーハ軍曹に、ぶちゅりと濃厚なキスをした。


 ムルティスは、突然の展開に、彫像みたいに凍り付いた。


「えっ……? お二人って、お付き合いしてたんですか」


 ガナーハ軍曹は照れ臭そうに笑った。


「この店を作るのを手伝ってもらって、それからの仲だ」


 リゼ少尉は、くすくす笑った。


「価値観の近い男女っていうのはね、惹かれあうものなのよ」


 ガナーハ軍曹と、リゼ少尉は、とても親しそうだった。


 そんな姿を見てしまったからこそ、警察の犬として仲間たちの周囲を嗅ぎまわっていることが、申し訳なくなってしまった。


 やはり仲間に嘘をつくのは、心への負担が大きいのだ。


 こうやって日常生活をこなすほど、その重みが増えていく。


 いっそ裏の仕事に没頭して、他のことを考えていないときのほうが気楽だった。


 ようやく運ばれてきたステーキを食べても、おいしさを素直に受け止められないほど罪悪感で頭がいっぱいだった。


 さっさと潜入捜査なんて終わらせて、シンプルな人生を歩みたい。


 だがそのシンプルな人生とは、表の道と裏の道、どちらを意味しているんだろうか。


 ムルティスは、自分の本心と向き合うのが怖くなった。


 ちょうど元教員の傷痍軍人が、サービスのプリンを持ってきてくれたので、それを食べることで本心から目をそらした。

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